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赤裸々な話を書いてしまうのは、小説家の性なのでしょうか

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
いのち
寂聴さんが腰椎の圧迫骨折で入院し、そこで胆のうがんが見つかり手術をしたという所から始まるこの小説。退院したのが92歳の時で、我が家へ帰って来ても身体が痛くて寝ているばかり。昔仲良かった女性作家、河野多惠子と大庭みな子との、様々な出来事がつづられていくのです。この人たちと仲が良かったように寂聴さんは書いているけれど、どこかに悪意が見えてくるのが怖いです。

あの人が困ったときにはお金を都合してあげたとか、特別な性癖がある人だとか、正直と言ってしまえばそれまでだけど、スキャンダラスな話題を女性週刊誌のように書いているところが、寂聴さんらしさなのでしょうか。


河野多惠子と大庭みな子は、それぞれにぴったりな夫と暮らしていました。それとは対照的に、寂聴さんは51歳の時に小説家・井上光晴との7年に及ぶ不倫関係を清算するために出家しています。この時の師は今東光大僧正(僧侶でありながら作家でもあり、毒舌の批評家としても有名)でした。

井上光晴と瀬戸内寂聴の関係については、井上の娘である井上荒野が「あちらにいる鬼」という小説にしていますが、これを書く前に寂聴さんに「ふたりのことを書きたい」と伝えたら、「もちろん書いていいわよ」という返事をもらったそうです。自分がそういう感じだから、他の人だって同じだろうと考えて、この作品を書いたのかなという気がします。

小説として書かれてはいるけど、ほぼ自伝とか日記と言ってもいいような文章を95歳にして残した寂聴さん。こういうことは墓場まで持っていくようなことではないと考えてらしたのかしら?


ストーリーとは関係ありませんが、「高利貸しの邸はみな塀が黒塗りです」というセリフが気になりました。それは泥棒除けだというのですが、家の近所にそれに該当する家があるので、とっても気になっています。

三頭の蝶の道 を読んで、この本にたどり着いたのですが、ここに登場する人たちには、何かが憑りついているような気がします。
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  • 掲載日:2026/04/20
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