ディクソン家にはいろいろな動物が暮らしている。
なかで、白い毛がもじゃもじゃのテリアのウィリーは、ほかの動物からは、「人間の分家」みたいに見られている。
それも無理のない話で、ウィリーだけが、ディクソン一家から家族として認められているのだから。人間にベッドをしつらえてもらっているし、人間からごはんをもらっているし。ウィリー自身、ことさらにディクソン夫人を崇めて暮らしているのだから。
ほかの動物たちは、そもそも、ディクソン一家にとっては、困った居候にすぎないのだ。
ネズミのサムを中心にした大家族のチームワークや、近所の猫が日頃の報復のためにウィリーに仕掛けるいたずら、ワラジムシとクモのおかしな友情の話など、それぞれの動物たちが引き起こすあれこれの事件が楽しい。
みんな、したたかで逞しい。ディクソンさん家族にとっては笑いごとではない結果を残して、さーっと逃げ足早く姿をくらます動物たちの罪を、いつのまにかかぶせられているのが「人間の分家」であるウィリー。かわいそうだけど、笑ってしまう。「人間の分家」は、疑うことをしらない。一途でお人よし。
ディクソンさん一家は、自分たちがまさかこんなにたくさんの家族と暮らしているとは思っていないだろう。まして、日々、家の中で、こんなにもドラマチックな事件が起きていることも気が付いていない。
人間たちのなかで、ひとりだけ気が付いているのが、この家の赤ちゃん、というのも、納得してしまう。
赤ちゃんといっしょにいると、うっすら感じるとき、ありますよね。この子、いま、人間以外の何かとコンタクトをとっているのではないかなと。
赤ちゃんと動物たちと。人の言葉は話せない同士に通じ合う独特の言語がきっとあるのだろう。
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