爽やかで明るい表紙、奥田民生の曲と同じタイトル。予備知識なしで読めば、誰がこんな展開になると想像できるだろう?
ぼくは本書の半ばあたりを市バスに揺られて読んでいたのだが、憤りで涙があふれ、それ以上読むことができなくなってしまった。こんなことは久しくない。
大学で知り合った健介と千秋。業界最大手居酒屋チェーンの「山背」に就職した健介は、飲食業のノウハウを学び将来は広島の実家で居酒屋を営む両親の店を継ぐべく頑張っていた。恋人の千秋は食品メーカーの「銀のさじ」に就職、こちらも新人として営業の日々に明け暮れていた。社会人になり、お互い自由な時間が取れず週に一回会うこともままならない日々。電話やメッセージでやりとりをし、お互い励ましあったり近況をきいたりしていた。
カリスマ性を帯び、数々の著作もある「山背」の社長 山岡誠一郎に心酔していた健介。手を抜くなんてことはできない性格で、激戦区の店長になってからは数少ないバイトに負担をかけないよう自ら身を削り睡眠時間を減らして売り上げが確保できるように頑張っていた。それでも問題が重なり赤字を出せば、週末に本社に呼び出され役員に囲まれ吊し上げとなる。サービス残業、休日にある研修、店の後片付けに時間をとられて始発まで居残り。次第に彼は身をすり減らし、やがて衝動的に命を絶ってしまう。
読了した今は、すべてが収束し心は凪いでいるが、途中は憤りの涙で読み進められなくなった。池井戸潤の「空飛ぶタイヤ」でもそうだったが、大きな敵に立ち向かう構図は、こちら側が矮小なほど熱くなるのが道理で、ドラマツルギー的にそれはもっともわかりやすい義憤だ。それがわかっていてもやはり熱くなるし、感情は揺さぶられる。
どんなに困難なことでも、どんなに辛いことでも人は前を向いて生きていかねばならない。きれいごとかもしれない。でも、そう信じなければ歩き出すことはできないのだ。決して味わいたくない人生だが、ぼくは残された彼らと一緒に乗り越えた安堵があるから、それでいいと思えるのである。
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