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恋愛とは面倒くさいものなのか

アドルフ
「男が恋を得たあとの倦怠と、断とうとして断てぬ恋のくびきの下でのもがきを描いている。(中略)近代心理小説の先駆をなす作」というのが岩波文庫の表紙のうたい文句です。

もがきます。悪あがきします。
このもやもやとイライラを自分から仕掛けた恋愛の相手の 深い愛情(=執着)のせいにします。

しまいには自分の身分や才能やらなんやらによって得られただろう(と自分では言う)明るい未来を想像し 想像の「若くて穏やかな、結婚相手にふさわしい女性」を思い描いたりします(妄想)

全部自分のせいだろうが、と思ってイラっとくるのは現代の読者の多くだと思います。
さっさと別れた方が結果彼女のためだろう。

後半で出てくる助言者が「捨てられたら死ぬって言う女性で本当に死んだ者はいない」という意味のことをいいます。多くがそうでしょう。
主人公アドルフはずるずる優しいふりをして甘い言葉で慰めて、自分が悪者でないことを自分自身に言い訳してるだけ。
いちいち泣きごとを言う彼女も彼女ですが。

政情のせいで故里に帰ることができなくなった美しいエレノール。P伯爵の公認の愛人だったエレノール。二人の間に子供だっているのです。その立場で彼女が確かな幸せを得たともいえません。それでも彼女は伯爵に尽くした「良い愛人」だったようです。

そもそもはずっと年下のアドルフが友人の恋愛話に触発されて「恋愛を成就してみたくなって」相手にふさわしい女性を求めた発端からして何だかな、です。多くの男性があこがれる社交界の華。
はじめは人目を忍び、伯爵に遠慮した密やかな恋だったのだけれど、だんだん彼女が毎日でも会いたがり、終には子供さえも捨ててアドルフの後を追って伯爵の元から出てきます。


彼女が彼の行動をいつも知りたがり、会いに来るのが遅いと探したり、旅立とうとしたら延期してくれと言うし。どう考えても彼の愛情に不安があったのは否めません。
時に言い争い涙ながらに謝りあい、抱きあい、さっきまでこの関係を断とうと決めたはずの心は折れてしまう。うわべだけの言葉ではなく愛しているとまた思ったり、愛してはいないけれど彼女を不幸にはしたくないとか もうぐだぐだ。

彼女もアドルフを嫉妬させようとして急に社交的になって取り巻きの男性に媚びてみたりします。アドルフはアドルフでその真意を読み取れなくて 彼女がそうやって自分への執着を捨ててくれたらいいなぁなんて考えます。お互いの本当の気持ちがちっとも見えていない二人です。


付き合ったり別れたり、付き合ってみたら思っていた程楽しくない、束縛がきつくて嫌になっただなんてどこにでもどの時代にでもありそうな話なのですが ここまで一生懸命に自己弁護したり自己批判したりして一冊書き上げられるとこれはこれで「近代心理小説の先駆」と謳いあげて拍手しても良い気がしてきました。


何故か「ドルジェル伯の舞踏会」に続いて(「竜馬がゆく」の間に挟んで)読んでしまった「恋愛小説」の古典。当分は「恋愛小説」からは離れたいと思います。お腹いっぱいになっちゃって。



  • 掲載日:2026/04/14
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