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※ネタバレ注意!

読めば読むほどに、雪国の寂しい情景と駒子の生き方が重なり合い、駒子の思いに触れていく。駒子にとって島村が、島村にとって駒子が、強く魅かれつつも決して結ばれない運命ならば、もう会うべきではない。たぶん。

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
雪国
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

 この雪国では、新緑の季節や夏の登山、秋の紅葉、冬にはスキー客などで賑わい、宿では芸者を呼んで酔っ払い、それなりに華やかな楽しみが繰り広げられているのでしょう。

 しかし、親の財産で退屈な暮らしをし、時折ひとりでこの地方を訪れる島村の周囲には、そのような賑やかさはありません。ただ暗く、寂しい光景。それは、島村がこの地方で見るそうした景色を好むからでしょうか。それとも、駒子という芸妓に惹かれるからでしょうか。

 島村の前に現れる駒子はいつもつらそうです。そうは決して見せないあけすけな様子に、かえってそれが強く感じられます。東京で一旦受け出されたものの、わずか1年半で夫に死なれ、国に戻った駒子。わずか20歳そこそこで経験したそんな運命は簡単に話しますが、そのときの自分の思いとなると、はぐらかしてしまいます。お座敷で踊り、唄い、客にさんざん飲まされた様子で「苦しい」と島村の部屋へ駆け込む駒子。愚痴はこぼさず、ただ島村に甘えるだけの駒子。肝心な話になると口を閉ざしてしまう駒子。座敷での賑やかな様子は全く描かれず、島村のところへ逃げ込む姿だけが映し出されます。

 東京で病を得て国へ帰った行男は、駒子の師匠の息子で、駒子の許嫁だったという噂もあります。駒子はそのことも否定するだけで多くは語らず、危篤と知らされても帰郷する島村のそばにくっついたまま、その死に目にさえ会おうとはしませんでした。拒絶があまりに激しいだけに、本当は何かしら強い思いがあったのだと、読者は想像するより他ありません。

 病の行男を東京へ迎えに行ったのは下働きの葉子で、駒子と違い正直です。駒子によると、毎日墓参りばかりしていて「今に気がちがう」、ということです。

 それは駒子自身が自分に言い聞かせている思いなのかもしれません。一途な思い、でもかなわぬ思いは、今に気をちがわせてしまう、と。島村は家庭を持つ行きずりの旅人で、決して一緒になれないとわかっているからこそ、死んだ人間に縛られる葉子を否定するのかもしれません。

 島村はもう、駒子に会ってはならないと私は思います。「この子、気がちがうわ。気がちがうわ。」という唐突な終わり方と天の川の情景は、その後の運命を読者の想像にゆだねています。
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  • 掲載日:2026/05/17
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