かもめ通信さん
レビュアー:
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八十年前に書かれた小説が、今に通じる読み応えのある作品であることを素直に喜べないというのは作家の孫世代の私の感覚で、さらに時代が進んだ今の若者たちには縁のないものだったらいいのだけれど…。
戦争の終わった翌年こと。
ミネは、二十年来連れ添った妻を亡くし四人の子供を抱えて困っていた文士仲間の野村から、再婚を考えていて、「文学がわからなくてもいい。お針のできるやさしい女性と再婚したい」と相談され、田舎にいる妹の閑子のことを思い浮かべた。
なんだかんだとありつつも、閑子は野村と結婚し、てきぱきと家事をさばき、子供たちにも慕われるようになったのだが、しばらくたつと、ミネは野村宛にこんな手紙を書くはめになる。
入れ違いに野村からミネへと届いた手紙にはこんなくだりが…
なんでも亡くなった野村の妻は、たいそう華奢で美しい人だったとか…。
『二十四の瞳』で有名な壺井栄のもう一つの代表作というフレーズに惹かれて、青空文庫で読んでみたこの作品。
思いっきり私小説で、妹の夫となる野村のモデルは小説家の徳永直だったりするらしい。
この結婚の顛末にもおどろかされるが、野村ばかりではなく、詩人の夫や友人の作家たちなど、民主的な文学運動をに携わる“同志”たちとのエピソードの端々に描き出されるミネがかかえるモヤモヤがまた興味深い。
例えば、大会に参加する日の朝のこと。
一目も二目も置いている宮本百合子をモデルにしている千恵子にも不審をもつことがある。
文学仲間と話し込んで終電を逃してしまったとき、朝帰りするのが夫だったならば…ともやもやしてしまう場面にはもう思わず共感ボタンを押したくなる。
作家は同じ思想でスクラムを組んでいるはずの仲間に、そして自分の作品を読んでいる読者に問いかける。
結婚とは、男女の平等とは、女性の人権とは…。
八十年前に書かれた小説が、今に通じる読み応えのある作品であることを素直に喜べないモヤモヤが残る。
もっともこれはミネや閑子の孫世代の私の感覚だ。
さらに時代が進んだ今の若者たちには縁のないものだったらいいのだけれど…。
ミネは、二十年来連れ添った妻を亡くし四人の子供を抱えて困っていた文士仲間の野村から、再婚を考えていて、「文学がわからなくてもいい。お針のできるやさしい女性と再婚したい」と相談され、田舎にいる妹の閑子のことを思い浮かべた。
閑子は丙午生れの女であった。そのために受ける不当な迫害と取っ組んで、ミネにいわせれば必要以上にまで青春を葬り、身一つをただ潔白に守り通すことで年をとってしまったような女だった。今では永年の裁縫教師をやめて、ミネの実家に独り暮しの淋しさを続けているのだったが、その閑子を、ミネは急に野村の手紙と結びつけて考えたのだった。
なんだかんだとありつつも、閑子は野村と結婚し、てきぱきと家事をさばき、子供たちにも慕われるようになったのだが、しばらくたつと、ミネは野村宛にこんな手紙を書くはめになる。
閑子が子供さんたちと一しょに寝ているという話を聞きました。これは大変なことではないかと、考えるのですが、どうか子供の母としての役目は昼だけにして、夜は妻の座に置いてやって下さい。
入れ違いに野村からミネへと届いた手紙にはこんなくだりが…
子供はもう猫の子のようになついています。しかし、裁縫ができて、家計が上手ずだということだけで、男はなかなか惚れはしない。
なんでも亡くなった野村の妻は、たいそう華奢で美しい人だったとか…。
『二十四の瞳』で有名な壺井栄のもう一つの代表作というフレーズに惹かれて、青空文庫で読んでみたこの作品。
思いっきり私小説で、妹の夫となる野村のモデルは小説家の徳永直だったりするらしい。
この結婚の顛末にもおどろかされるが、野村ばかりではなく、詩人の夫や友人の作家たちなど、民主的な文学運動をに携わる“同志”たちとのエピソードの端々に描き出されるミネがかかえるモヤモヤがまた興味深い。
例えば、大会に参加する日の朝のこと。
一しょに目がさめても、男は寝床で新聞をよみ、女は起きて台所に立たねばならぬ。男たちが起きて顔を洗っている間に女は掃除をすまし、朝食と弁当の支度をする。それが五分おくれたといって文句をいえるのは男だけで、女は結局三人分の弁当をかかえてあとから出かけることになる。それを夫も妻も不思議と思わず…
一目も二目も置いている宮本百合子をモデルにしている千恵子にも不審をもつことがある。
それは獄中にいたときの高木との手紙の往復に、千恵子の方だけが呼び捨てにされていることである。このごろ雑誌などに発表される高木との往復書簡には、一つとして宛名の千恵子に様がついていない。それはしきたりを無視した現れかもしれないが、みていて自然ではなく、男の方だけが嵩張っている感じだった。それだけではなく、自伝的な作品を通して感じられる千恵子には、古い日本の女のようにかしずいているような感じを時々もたせることがある。
気が重かった。どうせもう明日の朝まで帰るあてはないのに、泊ったことで悠吉に気兼ねをしているのもいやだった。明日帰ったら、疲れをかくしてつべこべするだろう、自分の態度も目に見えた。
文学仲間と話し込んで終電を逃してしまったとき、朝帰りするのが夫だったならば…ともやもやしてしまう場面にはもう思わず共感ボタンを押したくなる。
作家は同じ思想でスクラムを組んでいるはずの仲間に、そして自分の作品を読んでいる読者に問いかける。
結婚とは、男女の平等とは、女性の人権とは…。
八十年前に書かれた小説が、今に通じる読み応えのある作品であることを素直に喜べないモヤモヤが残る。
もっともこれはミネや閑子の孫世代の私の感覚だ。
さらに時代が進んだ今の若者たちには縁のないものだったらいいのだけれど…。
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本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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