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紅い芥子粒
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湾岸戦争が始まったのは、1990年8月2日。物語の主人公・トムが15歳、弟のフィギスが12歳の時だった……
トムとフィギスは、イギリスの恵まれた中流家庭の子どもだった。

フィギスは、あかんぼうのころから、変わったところがあった。
眠っているときに、よくうなされていた。とてつもなく怖い夢をみているらしい。
トムは弟と同じ部屋で寝ていたから、フィギスのことは両親よりもよく知っていた。

フィギスは、頭が良くて、やさしくて、おそろしく感じやすい子どもだった。
”感じやすさ”が、ちょっと変わった子どもにみえるのだろうと、とうさんやかあさんは思おうとしていた。
しかし、トムには、うすうすわかっていた。
フィギスの”変わっている”ところは、そんな生やしいものではないことが。

1990年8月。トムの一家は、北ウェールズの田舎に農家を借りて、夏の休暇を過ごしていた。
フィギスに異変が起こったのは、8月2日の夜明けだった。
とうさんのボルボの屋根にのぼって、木の枝をふりまわしながら、聞きなれない言葉で何事かをわめいている。
あとでわかったことだが、それは、習ったこともないアラビア語だった。
その日のニュースは、イラク軍のクエート侵攻を告げていた。

両親はもちろん、そのときは、トムにだって想像もできなかった。
フィギスの中に、イラクの少年兵が入りこんでいたなんて……
トムがフィギスから聞いた話によると、少年兵は、サダム・フセインが生まれた町に住んでいる、実在の人物なのだった。

たまに現れるだけだった少年兵は、だんだんフィギスの身体を占領してくる。
フィギスの目はうつろになり、アラビア語でうわごとをいう時間が長くなり……

ついに多国籍軍によるイラク空爆が始まる。イギリスも、戦争に加わった。
テレビで延々と流される戦争の映像に、とうさんは釘付けになる。
”経済”で戦争を考えるとうさん、兵士の母親たちの涙に同情するかあさん。

狂っているようにしか見えないフィギスは、精神病院に入院させられてしまう……

イラクから遠く離れたイギリスで、仕合せに暮らしている一つの家族が経験した湾岸戦争。
少年兵が殺され、戦争が終わり、弟はすっかりふつうの子になった。
何か被害があったわけではないけれど、とうさんもかあさんも変わってしまった。
そして、トムは、気づいていた。目にはみえないけれど、何かとてつもなく大きなものを失ったことに……

戦争には正義なんかない。
少年少女向けに書かれた物語だが、戦争のほんとうの怖さを教えてくれる本だ。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. ぱせり2022-04-11 19:50

    赤い芥子粒さん、こんにちは。
    「イラクから遠く離れたイギリスで、仕合せに暮らしている一つの家族が経験した湾岸戦争」ほんとですね。リビングごと戦場にさらわれたような感じで、夢中になって読みました。アンディに起ったことは、実際にあるはずないと思っているのに、とてもリアルでした。

  2. 紅い芥子粒2022-04-11 22:21

    ぱせりさん、以前「戦争と児童文学」で教えてくださった、本のリストの中の一冊です。やっとひとつ読むことができました。
    こういうふうに、離れたところからリアルに戦争を書くこともできるのですね。児童文学の可能性を感じました。
    これからも、ひとつひとつ読んでいこうと思います。ありがとうございました!

  3. かもめ通信2022-04-12 06:25

    あーやっぱり!紅い芥子粒さん、着々と読み進められているなあ!と思っていました。
    私も「戦争と児童文学」リスト、どんどん積んではいるのですが…(^^ゞ

  4. 紅い芥子粒2022-04-12 13:28

    かもめ通信さん、わかります。積んでいくと、別の本が横から入ってきて、山がぐしゃぐしゃになるんですよねえ。どどどっ、と崩れないように、ていねいに取り出して、ひとつひとつ読んでいかないと……と、思ってはいるのですが……^^;

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