ぽんきちさん
レビュアー:
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1つの民族が蹂躙される過程
アイヌ文化の本を何冊か読んでいて、全体としてのアイヌ民族の歴史はどうなっているのか、興味がわいた。何せ、門外漢なので、この本が手始めとして適切なのかどうかもよくわからなかったのだが、ともあれ、タイトルでピックアップして読んでみた。
イメージしたのは、日本史なら飛鳥、奈良、平安、鎌倉・・・のような流れだが、その出発点がそもそも間違っていたのかもしれない。中央集権的な「国家」を作るのがアイヌの在り方ではなかったのかもしれないし、あるいは、文字を持たない民族であり、歴史を体系的に記録して残す術がそもそもなかったということかもしれない。
ともかくも、本書の主題は、太古からの流れというよりも、日本あるいは「和人」とアイヌの関わりであり、主に扱われるのは江戸期以降の「アイヌ通史」である。それはとりもなおさず、先住民が蹂躙され、差別される歴史である。
大和政権からの流れにも簡単に触れられている。蝦夷と呼ばれるアイヌの地に渡る和人は古くからいたが、政治的支配が及ぶほどではなかった。内乱から逃れて蝦夷地に渡った者もおり、源義経がアイヌと暮らしたという伝説もある。
15世紀には、蝦夷地南端地域に「和人の館」と呼ばれる交易の拠点があった。
1456年に和人がアイヌを殺した事件をきっかけに大規模な戦闘が起こり、和人のほとんどが蝦夷地から追い出される(コシャマインの戦い)。
一世紀ほど後、蠣崎氏が和人の指導者として現れ、交易が再会される形となった。蠣崎氏は後に松前と姓を改め、徳川政権下に組み込まれて、家康からの黒印状を得る。松前藩には交易の独占権とアイヌ領土への和人の移動を管理する権限が与えられる。
利得を目当てに入り込んできた商人たちがアイヌを搾取し始め、不満を持ったアイヌによる軍事蜂起も起こる(シャクシャインの戦い(1669))が、結局は松前藩が勝利を収める。
そしてここから差別が加速する。
いわゆる「アイヌ勘定」というものがある。アイヌが数字を数えるときに「はじめ」と「おわり」を前後につける数え方をするため、これを利用して数をごまかすというものである。実際のところ、アイヌは、和人とは異なる、二十進法も利用する高度な算法を用いていた。数が数えられなかったというよりは、抑圧下で不利な取引に声を上げられなかったと考えられる。「アイヌは数を数えられない」とする方が、都合がよかったのだろう。
アイヌが多毛であることに絡め(そして「アイヌ」と「犬」という音が共通することももちろんあるだろう)、その祖先が「犬」であるという俗話も、盛んに喧伝されるようになる。
非道なことをしても、相手は劣等なのだからよいのだ、という理屈である。
根深い差別の歴史を見れば、先般の全国系列の民放による「あ、イヌ」の失言は(たとえ無知によるものであったとしても)やはり許されないものだろう。
やがて、アイヌ民族は、故郷から強制移住させられる。先祖代々の土地から追われ、伝統的な生きる術が使えなくなる。
チフスやコレラなど伝染病も大流行して多くの人々が命を落とす。それまで接したことのない病原体が持ち込まれればひとたまりもない。
そこにアルコールが忍び込む。苦しい暮らしを酒で紛らわす者が増え、アル中になる者も出る。貧しさにさらに拍車が掛かる。
そんな中で、伝統のアイヌ文化を見世物化する例も出てくる。アイヌに限らず、各地伝統の祭もそうだが、観光と見世物の線引きは実は難しい。日銭を稼ぎたい者、民族の誇りを守りたい者、それぞれの立場もある。
差別の厳しさに、日本語を学び、日本式教育を受けて、和人に同化しようとする動きも出る。アイヌと和人の婚姻も増えれば、実際、同化は進む。
その中で、守るべきものは何か。それをどうやって守っていくのか。
本書の著者はアイヌでも和人でもない。妻はアイヌの血を引くため、アイヌ寄りといえばそうだが、いずれにしろ、「当事者」からは少々遠い。その距離感が問題を少し引いたアングルで見るのにプラスに働いているのかもしれない。アイヌ史研究の他にも沖縄の歴史に関しても研究を行っているそうである。
我ながら完全に読みこなせたかどうか心許ないのだが、ネイティブアメリカンなど他の先住民の歴史とも重なる部分は多そうである。
軽々に結論は出ないのだが、心に留めて考えていきたい。
イメージしたのは、日本史なら飛鳥、奈良、平安、鎌倉・・・のような流れだが、その出発点がそもそも間違っていたのかもしれない。中央集権的な「国家」を作るのがアイヌの在り方ではなかったのかもしれないし、あるいは、文字を持たない民族であり、歴史を体系的に記録して残す術がそもそもなかったということかもしれない。
ともかくも、本書の主題は、太古からの流れというよりも、日本あるいは「和人」とアイヌの関わりであり、主に扱われるのは江戸期以降の「アイヌ通史」である。それはとりもなおさず、先住民が蹂躙され、差別される歴史である。
大和政権からの流れにも簡単に触れられている。蝦夷と呼ばれるアイヌの地に渡る和人は古くからいたが、政治的支配が及ぶほどではなかった。内乱から逃れて蝦夷地に渡った者もおり、源義経がアイヌと暮らしたという伝説もある。
15世紀には、蝦夷地南端地域に「和人の館」と呼ばれる交易の拠点があった。
1456年に和人がアイヌを殺した事件をきっかけに大規模な戦闘が起こり、和人のほとんどが蝦夷地から追い出される(コシャマインの戦い)。
一世紀ほど後、蠣崎氏が和人の指導者として現れ、交易が再会される形となった。蠣崎氏は後に松前と姓を改め、徳川政権下に組み込まれて、家康からの黒印状を得る。松前藩には交易の独占権とアイヌ領土への和人の移動を管理する権限が与えられる。
利得を目当てに入り込んできた商人たちがアイヌを搾取し始め、不満を持ったアイヌによる軍事蜂起も起こる(シャクシャインの戦い(1669))が、結局は松前藩が勝利を収める。
そしてここから差別が加速する。
いわゆる「アイヌ勘定」というものがある。アイヌが数字を数えるときに「はじめ」と「おわり」を前後につける数え方をするため、これを利用して数をごまかすというものである。実際のところ、アイヌは、和人とは異なる、二十進法も利用する高度な算法を用いていた。数が数えられなかったというよりは、抑圧下で不利な取引に声を上げられなかったと考えられる。「アイヌは数を数えられない」とする方が、都合がよかったのだろう。
アイヌが多毛であることに絡め(そして「アイヌ」と「犬」という音が共通することももちろんあるだろう)、その祖先が「犬」であるという俗話も、盛んに喧伝されるようになる。
非道なことをしても、相手は劣等なのだからよいのだ、という理屈である。
根深い差別の歴史を見れば、先般の全国系列の民放による「あ、イヌ」の失言は(たとえ無知によるものであったとしても)やはり許されないものだろう。
やがて、アイヌ民族は、故郷から強制移住させられる。先祖代々の土地から追われ、伝統的な生きる術が使えなくなる。
チフスやコレラなど伝染病も大流行して多くの人々が命を落とす。それまで接したことのない病原体が持ち込まれればひとたまりもない。
そこにアルコールが忍び込む。苦しい暮らしを酒で紛らわす者が増え、アル中になる者も出る。貧しさにさらに拍車が掛かる。
そんな中で、伝統のアイヌ文化を見世物化する例も出てくる。アイヌに限らず、各地伝統の祭もそうだが、観光と見世物の線引きは実は難しい。日銭を稼ぎたい者、民族の誇りを守りたい者、それぞれの立場もある。
差別の厳しさに、日本語を学び、日本式教育を受けて、和人に同化しようとする動きも出る。アイヌと和人の婚姻も増えれば、実際、同化は進む。
その中で、守るべきものは何か。それをどうやって守っていくのか。
本書の著者はアイヌでも和人でもない。妻はアイヌの血を引くため、アイヌ寄りといえばそうだが、いずれにしろ、「当事者」からは少々遠い。その距離感が問題を少し引いたアングルで見るのにプラスに働いているのかもしれない。アイヌ史研究の他にも沖縄の歴史に関しても研究を行っているそうである。
我ながら完全に読みこなせたかどうか心許ないのだが、ネイティブアメリカンなど他の先住民の歴史とも重なる部分は多そうである。
軽々に結論は出ないのだが、心に留めて考えていきたい。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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