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ぱせりさん
ぱせり
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雑誌『みすず』連載中にも、その深く豊かな内容に圧倒されっぱなしだったけれど、さらに研ぎ澄まされた一冊。児童文学は戦争をどのように語ってきたのか。
雑誌『みすず』2018年4月号から2020年6月号まで12回に渡って連載した評論『戦争と児童文学』のうち十篇が、加筆・修正を加えて一冊の本になった。
連載のときよりも、さらに広く深い世界に連れて行ってもらった気持ちだ。

戦争。
国と国との闘い、内戦、紛争……さらには、一見平和な国の平和な町や家庭にやってくる戦争を描いた児童文学も、著者はとりあげていて、戦争は私自身にとっても、怖ろしいけれど、とても身近なものなのだ、ということを思い知らされてもいる。

子どもが起こした戦争なんて、当然だけれどひとつもない。子どもは否応なく、理不尽に巻き込まれていくだけだ。
子どもたちが、戦争の中で、何を見て、何を考え、どのように生きぬこうとしたか、著者繁内理恵さんは、追いかけ、堀り進めていく。
たとえば、文脈の中の「最も小さな声とまなざしから」という言葉は、何より、著者自身が寄り添おうとしたものでもあるのだ。

『みすず』連載当時、毎号欠かさず読んできた評論だったが、今、こうしてまとめて読んでみると、新たに気がつくこともある。
児童文学だから、もちろん子どもが主人公ではあるけれど、著者は、子どものまわりにいる大人たちについても(大人についてこそ?)多く語っていることだ。
ごく普通の、近所のおじさんやおばさんたちが、子ども思いの両親が、戦争に揺さぶられて、態度も言葉も変わったり変わらなかったり。
そして、そうした大人たちの姿を追っていくと、作者が、児童文学という形で、読者である子どもたちにいったい何をどのように伝えようとしているのか、作品に込められた祈りのようなものも、見えてくる。
戦争を扱った児童文学、といったら、私は一番先に反戦という言葉を思い浮かべるが、そうだとしても、その内容も伝え方もこんなにもさまざまで、それぞれ違っていることに気がつくのだ。
この本の道案内で、とりあげられた十名の作家の十通りの強い思いが見えてくる。

この本の章の並びは、連載時の順番と異なっている。
ことに、一番最後の章が、あの美しい情景描写を持ったあの作品になっていることが印象に残る。
あの、いきなり寸断されたかのような理不尽なラスト、不穏なラストを、なぜ一番最後に?
もしかしたら、あのラストに潜む不穏さは、現代のわたしたちの社会や、そこに暮らす私自身の胸の内にある、もう一つの姿なのかもしれない。
だからこそ。
だからこそ、著者は、このラストを大切に読んでいく。そして、著者自身の願いである希望につなげていく。(もっともきついところからの希望を受け取る)

この本を手に取ったなら、まずは、取り上げられている作品を一冊、先入観なしに味わってみるのがいいと思う。
それから、この本の一章を読む。一冊の本を間にして、著者と対話しているような気持ちで。
そのうえで、きっともう一度、取り上げられた作品を最初から読みなおしてみたくなるにちがいない。
私はそうだった……。
『戦争と児童文学』に初めて出会った時は、二か月に一度の連載だったから、そのような読み方に、ちょうどよいペースだったのだ。
本は逃げないものね、ゆっくり味わうのがいいと思う。この本は本当に親切な道連れだ。
私は良い旅をしました。この先もまだまだ……巻末のブックリストを参考にしながら、より深く旅したいと思っている。

「あとがき」のなかで著者は、このように書く。
「独学で「思考する」ことを模索しながら、おぼつかない足取りで前に進もうとする私の拠り所となってきたのは、児童文学にこめられている愛情と光でした」
そして、読みこなそうとすればするほど「子どもの読み物」は「厳しいジャンル」であるという。「子どもの知性や感性は、時として大人よりも鋭く、敏感なのですから」と。
大人が子どもの本に惹かれるのは、それだからかもしれない。

それから、
「子どもたちは自分で声をあげることはできません。児童文学の作家は、彼らの声に、聞こえない胸の内に耳をすませます。彼らの行く手に、目を凝らします。とりわけ、戦争という途方もない怪物に対峙するのは、児童文学作家にとって気が遠くなるほどの労苦と恐れに満ちたことに違いないのです。それでも書かずにいられない、作家たちの祈りや願いを、少しはくみ取れただろうか……」
これは、このまま、この本の著者繁内理恵さん自身がそうなのだろうと思う。
二年間にわたって、数えきれないくらいの参考文献にあたりながら、児童文学のなかの悲惨な戦争を追いかけてきた著者。
私も読者として、この本をどこまで読めたか、自信はないけれど、大切な道しるべとして何度も読みなおそうと思う。


連載1:『小さきものへのまなざし小さきものからのまなざし』「みすず」2018.4月号
連載2:『クラップヘクのヒューマニズムの懐に抱かれて』「みすず」2018.6月号
連載3:『空爆と暴力と少年たち1』「みすず」2018.8月号
連載4:『空爆と暴力と少年たち2』「みすず」
連載5:『空爆と暴力と少年たち3』「みすず」2018.12月号
連載6:『国家と民族のはざまで生きる人々』「みすず」2019.4月号
連載7:『基地の町に生きる少女たち』「みすず」2019.6月号
連載8:『核戦争を止めた火喰い男と少年の物語』「みすず」2019.8月号
連載9:『船場のぼんぼんの初恋と戦争』「みすず」2019.10月号
連載10:『転がり落ちていくオレンジと希望』「みすず」2019.12月号
連載11:『忘却と無関心の黙示録』「みすず」2020.4月号
連載12:『歴史の暗闇に眠る魂への旅』「みすず」2020.6月号
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ぱせり
ぱせり さん本が好き!免許皆伝(書評数:1737 件)

いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2021-12-16 11:00

    これはあれかな,やっぱり,一気に読んではい読了!というよりは,手元に置いて,あれこれ参照しつつ味わう方がよさそうな感じなのかな。

  2. ぱせり2021-12-16 12:23

    かもめ通信さん、そうですねえ。原典の作品を読んでから(あるいは読みながら)のほうが、いいんじゃないかと思います。内容とっても濃いのですが、かなり作品に深く踏み込んでもいるので……。

  3. ぱせり2021-12-16 13:09

    ↑この本で取り上げられている作品
    「彼岸花はきつねのかんざし」「八月の光」朽木祥
    「第八森の子どもたち」エルス・ペルフロム
    「機関銃要塞の少年たち」ロバート・ウェストール
    「弟の戦争」ロバート・ウェストール
    「ピース・ヴィレッジ」岩瀬成子
    「象使いティンの戦争」シンシア・カドハタ
    「戦場のオレンジ」エリザベス・レアード
    「火を喰う者たち」デイヴィッド・アーモンド
    「ほろびた国の旅」三木卓
    「片手の郵便配達人」グードルン・パウゼヴァング

  4. 紅い芥子粒2021-12-16 13:39

    ぱせりさん、こんにちは。全部メモさせていただきました。読み応えありそうで、楽しみです。ありがとうございます!

  5. ぱせり2021-12-16 16:04

    赤い芥子粒さん、うれしいです。ありがとうございます^^
    どうぞよい旅を~。

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