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DBさん
DB
レビュアー:
青年の奇しくも現実的な話
表紙とタイトルから月に関係する話かと思って読み始めた。
物語は人類が初めて月を歩いた夏に始まる。
十八歳の主人公は、親代わりの伯父さんに餞別にもらった千冊以上の本が入った箱に囲まれて大学生活を送っていた。
タイトルになっているムーン・パレスというのは主人公が下宿していた部屋の窓から見えるチャイニーズレストランの店の名前だった。
だけどそのネオンサインを見るたびに、主人公は彼の伯父がやっていたバンドのムーンメンや月に入ったアポロを思い出す。

普通の大学生活を送っていたはずの主人公のもとへ、ビクター伯父さんの訃報が届いた。
幼い頃に母親が事故で亡くなってから唯一の肉親として彼を愛してくれていた伯父の死に打ちのめされるのはわかる。
だがそこからの行動はかなり独特なものだった。
それを主人公は悲しみが別のものに変わってもっとはっきりと手ごたえのある、目に見える影響力を持った、暴力的な何かになってしまったと表現する。
その暴力は他者ではなく自分自身へと向けられるんだけど。
残された金が大学を卒業するためには足りないことを悟った彼は、アルバイトや奨学金、学生ローンといった選択肢を捨てて何もしないことを選んだ。
それまでは箱に入ったまま家具代わりに使っていた本を一冊ずつ読んでは売っていき、電話も電気も止められ最後の夏には下宿からも追い出された。
当然食費も限界まで切り詰めることとなり、180センチの身長で56キロまでやせ細る。
それでも伯父さんと約束したからというだけで大学を卒業したのは立派というべきか、そこまで自分を追い詰めるくらいなら妥協するべきだったのではないかと思うべきか。

公園で餓死寸前のところを助けてくれたのは、友人のジンマーとひょんなことから知り合ったキティだった。
彼らの助けでどうにか人間社会に復帰し、車椅子の老人の住み込みのコンパニオンという仕事についた。
その後恋人となったキティの少女時代の話で東京も出てきます。
台北に移った蒋介石の下で高官だった彼女の父親と第三夫人の母親との間に生まれ、父親が在日大使になったため東京でアメリカンスクールに通い、贅沢だが寂しい日々を過ごした。
父親はと言うと誘惑の豊かな都市である東京でアバンチュールの機会を無限に楽しんでいたとか。

後半三分の二は、主人公の雇い主となった老人エフィングとの生活の話だ。
それまで何十年も一緒にいたコンパニオンを事故で無くしたエフィングは、個性的という言葉では言い表せない人物だった。
彼の語る話が本当かどうか、白黒をはっきりつけたがる人間だったら耐えられないだろう。
だが主人公には物事をあるがままに受け取りつつ、可能性を幾通りか常に考えられるという特技があったようです。
ある程度お互いに気心が知れてきた頃に、エフィングは自分の死亡記事を自分で書こうという考えに取りつかれた。
口述筆記という形でその自伝に付き合わされるのだが、これもまた別の世界の扉が開いたかのような人生だ。

老人の死と新たな出会いと別れを通して、主人公は次にどんな人生へと踏み出していくのだろう。
最後にレストランの名前であったはずのムーン・パレスがまさしく月に住む男の宮殿のようにそびえて見えた。
やっぱりオースターは面白い。
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DB
DB さん本が好き!1級(書評数:2024 件)

好きなジャンルは歴史、幻想、SF、科学です。あまり読まないのは恋愛物と流行り物。興味がないのはハウツー本と経済書。読んだ本を自分の好みというフィルターにかけて紹介していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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