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紅い芥子粒
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八月のある日、ひとりの赤ん坊が生まれ、ひとりの男が私刑で殺された。それは、米国南部の小さな町の、光と影のような出来事だった。
ウィリアム・フォークナーは、1950年にノーベル文学賞を受賞した、米国を代表する作家である。
「八月の光」が世に出たのは1932年、作者が35歳の時だった。

本の表紙を開くと、『八月の光』と書かれたタイトルページ。
その裏のページに、ミシシッピ州のジェファスンという町の地図。
人口は、白人6298人、黒人9313人。
白人より黒人のほうがはるかに多い小さな町だ。
町の所有者がウィリアム・フォークナーというのがおもしろい。
そう、ジェファスンは、作者が米国南部に創造した町なのだ。

地図のとなりには、『バーデン家の系譜』と題した家系図が載っている。
六代にわたる家系図だが、うち二人が、黒人投票権問題で殺されている。
いま、バーデン家の大きな屋敷に住んでいるのは、バーデン夫人ただ一人。
40歳を過ぎた独身女性で、黒人のための社会事業をしている。
バーデン夫人は、生まれたときからジェファスンにすんでいるのに、先祖が北部から移住してきた奴隷解放論者だから、よそ者扱いされている。
ジェファスンは排他的で、閉鎖的で、黒人に対しておそろしく差別的な町なのだ。
南北戦争で南軍が敗北するまでは、白人たちは黒人奴隷を所有し、彼らの労働で生計を維持してきた。奴隷制がなくなったいま(1930年当時)でも、白人は黒人を人とみなさず、卑しんでいる。

そのバーデン夫人が殺され、屋敷が焼けた。八月のある金曜日の夜のことだ。
夫人を殺して逃げたのは、ジョー・クリスマスという男。36歳。
バーデン屋敷の黒人小屋に住み着き、ウィスキーの密売(当時は禁酒法の時代)で稼いでいた。
イケメンだったのかもしれない。バーデン夫人の愛人だった。
三年前から町の製板所で働いていたが、誰とも口をきかない変わり者だった。
彼は、見かけは白人だったが、黒人の血が流れていた。
そのことが、彼の人生に暗い影を落としていた。

小説では、ジョー・クリスマスの過酷で悲劇的な一生が語られる。
私生児として生まれ、孤児院に捨てられ、人のぬくもりを知らずに育った。
白人社会にも黒人社会にも居場所がなく、よろこびも悲しも知らない冷酷な心の大人になった。
人を殺しては逃げ、動物のように食べて、動物のように眠る。
最期は、私刑で殺された。

ジョー・クリスマスが、殺して逃げて殺される10日間に、ジェファスンの町にひとりの赤ん坊が生まれた。
母親の名は、リーナ。20歳。
身重の体で、子の父親を追いかけて、はるばるアラバマから歩いてやってきた。
子の父親は不実な男で、赤ん坊を見ると逃げ出してしまったが、リーナには新しい愛が生まれた。
出産に手をさしのべてくれた、35歳の地味だが誠実な男ブラウン。

重厚で難解な小説は、赤ん坊連れのリーナとブラウンの、ほのぼのとしたどこかユーモラスな旅立ちのシーンで終わる。
二人には、まぶしいほどの八月の光が降り注いでいる。

クリスマスとブラウンは同じ製板所の同僚だったが、交流はなかった。
リーナとクリスマスには、何の接点もない。
それでも、リーナの出産と、ジョー・クリスマスの凄惨な死は、ジェファスンという小さな町の光と影を思わせる。
過酷な人生を凄惨な死で終えたジョー・クリスマス。
彼がもし、リーナとブラウンのような大人に守られた赤ん坊だったら、黒人の血が流れていようがいまいが、よろこびも悲しも知る、まっとうな心の大人になれただろうに。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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