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ゆうちゃん
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スイスの民はハプスブルク家の圧制に苦しんでいた。人々は深夜、森の中で同盟を誓う。降誕祭に反乱を起こすと決めたが、その前にウィリアム・テルが代官に不当な罪で捕まってしまう。
シラーの最も有名な戯曲。日本では「ウィリアム・テル」の方が通りがよいだろうが、シラーはドイツ人だし、主な舞台のスイスのウーリー州はドイツ語圏でもあり、岩波の題名は適切といえば適切である。
全体は5幕構成で、第一幕はハプスブルク家の代官がスイス人に不当な弾圧を加えている様子が描写される。アルトルフ村の中央の最高地点に、代官は帽子を掲げ、通る民は敬礼をしろと言う。第二幕は、圧制に耐えかねた民が、深夜、森の中の草原リュートリーで同盟を結ぶ様子を中心とする。この会合では、降誕祭で挙兵をしようとなった。降誕祭なら、代官の城に民が贈り物を携え入ることででき、城の内外で呼応できる。第三幕は、うっかり帽子への敬礼を忘れて通り過ぎたヴィルヘルム・テルが、監視している傭兵に咎められ連行される場面である。テルは粗忽だが人望があった。そして四、五幕に向けてスイス独立の機運が漲る。

ウィリアム・テルといえば、我が子の頭に乗せたリンゴを射落とす場面だが、これがクライマックスの出来事かと思えば、第三幕の出来事だった。この「子供の頭に乗せたリンゴを射落とす」という逸話は、解説によれば、北欧やペルシャ、インドにも伝わるという。シラーはスイスに伝わる伝説に取材してこの戯曲を書いたのだが、伝説そのものが各地から伝わったものなのだろう。僕はこの場面を読んで、弓の好手が「矢を数本用意する」という話も実は各地にあるのではないかと思った。テルは実は矢を2本用意していた。もし一本目の矢で誤って我が子を殺してしまったらリンゴを射落としてみよと命じた代官を2本目の矢で殺すつもりだったという。日本の平家物語でも、夜な夜な帝を悪夢で悩ませるぬえ退治を命じられた弓の名手・源頼政が、二本の矢を準備していたという。普通、腕に覚えがある武士は一本しか矢を準備しない。頼政は、もし射損じた場合には二本目で自分をぬえ退治に推薦した貴族・左少弁雅頼を殺し、自分も自殺する積りだったそうだ。

本書は、スイスのために立ち上がる人々、挙兵のきっかけを与えながらもその人たちから距離を置くテル、そしてベルタ姫とスイス人の有力貴族の跡取りルーデンツの恋という三本立ての話となっている。そういった構成なので、テルはタイトル・ロールながらも、実は前半は殆ど出番がない。ルーデンツは、スイス人ながら、ハプスブルク家に重んじられているベルタ姫恋しさにオーストリー側に付こうとする。訳者は解説でこの三本目の筋は余計ではないかと書いているが、評者は本書でルーデンツの果たした役割を考えると、オーストリー側の不当性をより印象付ける役割を果たしているのではないかと思った。
なお、本書を読みながらオーストリーとスイスの関係について多少の解説が要るようにも感じた。最後まで読むと、スイスは三代前のルードルフ帝から特許状をもらい、ある種の自治権を獲得していたようだが、現当主のアルブレヒト帝はそれをないがしろにして圧制を敷いているらしい。前半で皇帝への忠誠とか皇帝から知行された土地云々とあるが、この皇帝が苛斂誅求をする現当主のことなのだろうかと思うと話がよくわからなくなる(単に皇帝としか書かれていない)。すると、どこの皇帝だろうと考えながら読んでしまったが、最後まで読むと、きっと前半で忠誠とか知行と言っている対象が三代前のルードルフ帝のことだったと納得した次第。いずれにしても現皇帝は人望のない苛斂誅求をする愚かな人物として描かれている。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1689 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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