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三太郎さん
三太郎
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人間の「知性」とは何なんだろうと考えさせられる、24の物語。
これは、1933年生まれで2015年に亡くなった脳神経学者、オリバー・サックス氏が1985年に出版した本の邦訳です。評判になった本らしくこのサイトでも多くの方がレビューしています。

全体は第一部が「喪失」、第二部が「過剰」、第三部が「移行」、そして第四部が「純真」と題されています。僕にとって印象的だったエピソードを紹介します。

「喪失」の部では脳の異常(疾患)により何らかの認識機能が失われた症例がいくつか紹介されています。例えば「妻を帽子とまちがえた男」は、視覚には何らの異常もないのに、自分が目で見ているものが何なのか全く理解できなくなった男性Pのお話です。一輪のバラの花を手に取ってもそれが何か分からない。でも匂いをかぐと直ぐにそれがバラの花だと分かる・・・

Pは目の前のバラの形状を分析的に述べながら、「これは花であるかもしれない」という。でも匂いを嗅ぐまでバラだとは分からない。そして匂いを嗅いだ途端に彼は「早咲きのバラだ!」という。Pは視覚情報を分析はできるがその情報をもとに「物語」が作れないのです。(バラはバラという名前があるからバラだと知れるのだという唯名論は正しいのかも。)

第一部で僕がもっとも考えさせられたのは、「固有感覚」についての記述でした。人は誰でも五感以外に、自分の体がじぶんのものだという感覚を持っているが、もし人がこの固有感覚を失うと、自分の手や足も自分のものだと分からなくなるとか。手の固有感覚がなくなると手を使うことができなくなるし、足の固有感覚を失うと立つことも歩くこともできなくなるといいます。

義足をつけて歩く場合にも、失われた足の固有感覚を持たないと歩けないらしい。僕はロボットに関係する仕事をしているのですが、既存の二足歩行ロボットがなぜあんなにぎこちなくしか歩けないのか、疑問に思っていました。もしかするとロボットも自分自身の固有感覚をもたないと人のように自在には歩けないのかも。

「移行」の部では脳卒中による発作で忘れていたはずの幼少期の記憶が鮮明に甦った老女の話がでてきます。彼女は5歳までに両親を失い、故郷のアイルランドから叔母のいる米国へ移住しました。そして幼少期の記憶をすっかり失っていたのですが、脳が発作を起こすことで懐かしい記憶が戻ってきたのです。その記憶が子供のころ聴いた歌に結びついていたのが印象的でした。彼女の場合は病気により人生が完全なものになったようなのです。

「皮をかぶった犬」は、今では立派な医師になっている男が医学生の頃、麻薬による中毒症状の中で突然臭覚が犬並みに鋭くなったという話です。彼は入院しますが匂いだけで他の入院患者を識別できたとか。三週間後にこの異常は突然終わってしまうのですが。人間の臭覚は実は強く抑制されているのだという著者の意見が印象的。人間の感覚は通常は抑制されているが、本当はもっと鋭い、動物並みの感覚を本来は人ももっているのだろう。それを抑制してしまったのは人間の社会生活にはそれが邪魔になったからだろうか?

最後の章「純真」で書かれているのは著者が知的障害者の治療に当たった経験から導かれた、人間の知性とか感受性とは何かという問いかけです。

多くの知的障害者と出会った著者は、人間の知性というのは分析的能力、秩序だった会話や説明能力のことだとして、絵や音楽やあるいは態度で感動を表すことのできる知的障害者の知性を認めないのは正しいことなのかと問うているようです。

知的障害者の多くに共通するのは「抽象的」な事柄をうまく扱えないという点ですが、一方「具体的」な事柄に関する感受性は人並みかあるいは常人を超える能力を示すことがあると。これは「妻を帽子とまちがえた男」のPがバラを見て抽象的な分析はできても具体的にそれがバラであるということが視覚情報からは全く解らなかったことと正反対です。

いろんなことを考えながらこの本を読みました。例えば・・・まだ文字を持たなかった神話時代の人間にとっては分析的・抽象的な知性よりも具体的・物語的な知性が大事だったのではないだろうか、とか。

読み返すたびに何か新しいことが発見できそうな本でした。
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三太郎
三太郎 さん本が好き!1級(書評数:825 件)

1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。

長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。

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