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紅い芥子粒
レビュアー:
見通しの悪い急な坂道を、クリストフは自転車で、スピードが出るにまかせて走り下り、事故に会って死んだ。あれは、ほんとうに事故だったのかーー
1978年に書かれたティーンズ向けの児童文学である。

フルラー峠は天国への道だ。
狭い道幅。多い交通量。急こう配の坂道。カーブもある。
その見通しの悪い急な坂道を、クリストフは自転車で、スピードの出るに任せて走り下り、事故に会って死んだ。親友マルティンの目の前で。

限りなく自殺に近い事故。
マルティンには、そう見えた。

クリストフは、なぜそんなことをしたのか。
なにが彼をそうさせたのか。

親友の死の真相を探るマルティンの内省の旅は、自分自身を知る心の旅でもあった。

十四歳か十五歳のころに、人によってはもう少し早い年齢で、世界が昨日までと全く違って見える日が訪れる。”自我の目覚め”とでもいうのだろうか。

親のような生き方はしたくないと思う。
教師はみんな俗物に見える。
級友は、限られた友を除いて、ことごとくバカに見える。
社会はまちがいだらけで、世界は生きるに値しないほど不潔だと思う。

思春期の病のようなものかもしれない。
クリストフの場合はその病状が深刻だった。

傍からみれば恵まれている。
両親がそろった中流の家庭で、ギムナジウムの生徒なのだから。
まじめに勉強さえすれば、将来は約束されている。
好きな音楽をほどほどに楽しんで。
だがそういうことのすべてを、クリストフはくだらないと否定してしまっていた。
虚無の沼にはまってしまっていた。

いったいなにが不満でそうなるのだと、親は思う。
とくにクリストフの父親は、貧しい中から苦労して今の地位を築いてきた人だ。
思春期の病など寄せ付けない厳しい少年時代を送ってきたのだろう。
息子の深刻な病は、努力からの逃避、怠けのようにしかみえない。
父親の厳しさは、いっそうクリストフを追い詰めた。

クリストフの危うさに気づいていた大人もいた。
ある農家のおばさんはいった。
「あの子はガラスだよ。壊れやすいガラスだよ」
マルティンの父親の親友はいった。
「あの子は弱い。きみ(マルティン)がしっかりつかまえていてやれよ」

しかし、クリストフは持ちこたえることができなかった。
のらりくらりとでも生きていれば、だんだんと世界がまた違って見えるようになっただろうに。虚無の沼から少しずつ抜け出すことができただろうに。

人生はすばらしい、とはいえないまでも、くだらなくはない。
世界は美しいものであふれているとはいえないが、醜いものばかりでもない。
そういうことに少しずつ気づきながら、思春期の病をのりこえてほしかった。
人生の先輩として、そう思った物語だった。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. noel2022-01-05 09:51

    >人生はすばらしい、とはいえないまでも、くだらなくはない。

    わたしもその境地ですね。くだらないとは思いませんが、自分がくだらなく思えて……。

  2. 紅い芥子粒2022-01-05 10:37

    >自分がくだらなく思えて……。

    それ、わたしも!

  3. No Image

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