紅い芥子粒さん
レビュアー:
▼
絵師が見た、ほんとうの地獄とは何か。
平安時代の王朝に題材をとった、いわゆる「王朝物」のひとつ。
堀川の大殿様の御家の重宝ともなっている、地獄変の屏風。
その屏風絵の由来を、大殿様に長年仕える侍が語る。
堀川の大殿様なる人物は、冷血で残虐な権力者である。
語り草になっている残虐のふるまいの中でも、地獄変屏風の由来は、突出して恐ろしい。
地獄変の図を描いたのは、良秀という名の高名な絵師。
容貌醜く、人品卑しく、世間の嫌われ者だが、大殿様の覚えはきわめてめでたい。
「醜いは美しい」というのが良秀の美学美意識で、醜悪な絵を好んで描く。
この良秀に、年のころ十五ばかりの、溺愛する娘があった。
親に似ず美しく、利口で、気立てもいい。
大殿様の目にとまり、お屋敷に小女房として上がっている。
大殿様は、ある日良秀を呼び出し、地獄変の絵を描くよう命じる。
「見たものしか描けない」というのが、彼の信念である。
弟子を鎖でぐるぐる巻きにして転がし、その有様を写生したり、耳木兎に弟子を襲わせて逃げまどう様を写したり…… そうして描いた地獄図に、どうしても足りないものがあるという。
良秀は、大殿様に願い出る。
「どうか檳榔毛の車を一輌、私の見ている前で、火をかけて頂きとうございまする。そうしてもし出来まするならば―――」
大殿様は、良秀の願いを聞き入れる。
山荘の御庭で炎上する、檳榔毛の車。それは、大殿様が日頃載っている車だった。その中には、美しく着飾った罪人の女房が一人(絵師の娘)が乗っていた。
憑かれたように良秀は、炎熱の中で苦悶する娘の姿を写し取り、地獄変の屏風絵は完成した。
その出来栄えの見事さは、いうまでもない。
屏風の出来上がった次の夜、絵師良秀は、縊れて死んだ。
絢爛豪華というのだろうか。芥川の筆の裁きは、見事である。
まるで絵師良秀と競ってでもいるように、見事な文章で、この地獄絵のような物語を書き上げている。語り手を傍観者の侍に置いているので、事件の真相はわからない。
だから、わたしは、かってに想像する。
大殿様は、良秀の娘を愛した。良秀は血を分けた娘を愛した。娘は大殿様と実の父を愛した。
三角関係の恋愛地獄。父と娘の相姦地獄。
それが、良秀の見たほんものの地獄だったのではないか、と。
忘れてはならないのが、小猿の良秀である。
絵師の良秀が猿のような面相なので、献上品の猿に若殿が名付けた。
子猿の良秀は、良秀の娘になついていた。娘のペットになっていたといっていい。
子猿の良秀は、炎上する車の中に飛び込み、娘に抱きついていっしょに焼かれ死んだ。
芸術の鬼となった絵師・良秀から抜け出した、父親良秀の魂のようで、この子猿が哀れでならない。
堀川の大殿様の御家の重宝ともなっている、地獄変の屏風。
その屏風絵の由来を、大殿様に長年仕える侍が語る。
堀川の大殿様なる人物は、冷血で残虐な権力者である。
語り草になっている残虐のふるまいの中でも、地獄変屏風の由来は、突出して恐ろしい。
地獄変の図を描いたのは、良秀という名の高名な絵師。
容貌醜く、人品卑しく、世間の嫌われ者だが、大殿様の覚えはきわめてめでたい。
「醜いは美しい」というのが良秀の美学美意識で、醜悪な絵を好んで描く。
この良秀に、年のころ十五ばかりの、溺愛する娘があった。
親に似ず美しく、利口で、気立てもいい。
大殿様の目にとまり、お屋敷に小女房として上がっている。
大殿様は、ある日良秀を呼び出し、地獄変の絵を描くよう命じる。
「見たものしか描けない」というのが、彼の信念である。
弟子を鎖でぐるぐる巻きにして転がし、その有様を写生したり、耳木兎に弟子を襲わせて逃げまどう様を写したり…… そうして描いた地獄図に、どうしても足りないものがあるという。
良秀は、大殿様に願い出る。
「どうか檳榔毛の車を一輌、私の見ている前で、火をかけて頂きとうございまする。そうしてもし出来まするならば―――」
大殿様は、良秀の願いを聞き入れる。
山荘の御庭で炎上する、檳榔毛の車。それは、大殿様が日頃載っている車だった。その中には、美しく着飾った罪人の女房が一人(絵師の娘)が乗っていた。
憑かれたように良秀は、炎熱の中で苦悶する娘の姿を写し取り、地獄変の屏風絵は完成した。
その出来栄えの見事さは、いうまでもない。
屏風の出来上がった次の夜、絵師良秀は、縊れて死んだ。
絢爛豪華というのだろうか。芥川の筆の裁きは、見事である。
まるで絵師良秀と競ってでもいるように、見事な文章で、この地獄絵のような物語を書き上げている。語り手を傍観者の侍に置いているので、事件の真相はわからない。
だから、わたしは、かってに想像する。
大殿様は、良秀の娘を愛した。良秀は血を分けた娘を愛した。娘は大殿様と実の父を愛した。
三角関係の恋愛地獄。父と娘の相姦地獄。
それが、良秀の見たほんものの地獄だったのではないか、と。
忘れてはならないのが、小猿の良秀である。
絵師の良秀が猿のような面相なので、献上品の猿に若殿が名付けた。
子猿の良秀は、良秀の娘になついていた。娘のペットになっていたといっていい。
子猿の良秀は、炎上する車の中に飛び込み、娘に抱きついていっしょに焼かれ死んだ。
芸術の鬼となった絵師・良秀から抜け出した、父親良秀の魂のようで、この子猿が哀れでならない。
投票する
投票するには、ログインしてください。
読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
この書評へのコメント
コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:
- ページ数:29
- ISBN:B009IWSL5W
- 発売日:2012年09月27日
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。