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紅い芥子粒
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子どもが成長する底力を感じる、そんな小説だった。
ぶっきらぼうなほどに飾り気のない、簡潔な文体。大阪弁でいせいよく飛び交う会話。

渦原こっこ(9歳)は、公団住宅の3LDKに祖父母、両親、三つ子の姉(14歳)とともに暮らしている。
リビングには、巨大な赤い丸いテーブル。くるくるまわる。
父の寛太は、35歳。便利屋で働く。
渦原家の家計は苦しい、まちがいなく。
思春期の姉たちは、「心の闇」とは無縁で、こっこにいわせれば俗物。そろって美人で心優しく明るい。
貧しいけれど、笑顔の絶えない幸せな家族。
その象徴が、赤い円卓。

9歳のこっこは、孤独にあこがれる。
食卓は毎朝毎晩、祝祭のようににぎやかで、ねるときは、三つ子の姉といっしょの部屋。
この家では、ひとりになれる時間も空間もない。

こっこの属する3年2組は、まるで世界の縮図のような学級だ。
ベトナム難民の子がいる。
在日三世の韓国人の子がいる。
日露ハーフの子がいる。
そういう特別な背景をもった級友を「かっこええ」と、こっこはうらやむ。

こっこがうらやましい、かっこいいと思うことは、ほかにもある。
例えば病気。
眼帯をしてきた級友をかっこええと思い、ものもらいにあこがれ、むりやり目を赤くして保健室で眼帯をしてもらう。
パニックにおちいり不整脈をおこして倒れた級友を「かっこええ」と思い、自分も息苦しくなったふりをする。
悪意はまったくない。あこがれのなせるわざだ。しかし、差別やいじめにつながる危うい行為でもある。

そんなこっこに弟か妹がうまれることになった。39歳の母からおどろきの妊娠報告。
家族がふえると喜びに沸き立つ渦原家の人々。
しかし、こっこはすなおによろこべない。あかんぼうより、ふわふわして柔らかい動物を飼いたい。

同じ団地の同じ間取りの部屋に住むクラスメートの男子、ぽっさんをこっこは尊敬している。
ぽっさんには吃音がある。そのおかげもあるかもしれない。かれは、じっくり深く考え、慎重にことばを選んで、ゆっくり発言する。

こっことぽっさんが、夜間、団地の公園で語り合うシーンがある。
こっこはぽっさんに、自分の心にわだかまっていることを話す。
ぽっさんは、どもりながら、ゆっくりゆっくり自分の考えをいってくれる。
ほとんど会話だけでつづられた7ページ。耳をかたむけるように読みふけった。
ぽっさんとの会話で、こっこは、人として大切なことを学ぶ。
他人の痛みを思いやるということ。想像力。

渦原琴子、まだ9歳。
いい人ばかりの渦原家から、青い鳥が逃げて行ってしまう日も、くるかもしれない。
しかし、こっこは、なにがあろうと、思慮深く聡明な人へと成長していくだろう。
子どもが成長する底力を感じる、そんな小説だった。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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