八月の魔法使い

洗濯用洗剤や家庭用の清掃用品を製造、販売している株式会社オニセンは、国内や外資の強敵と戦いながらそれなりのシェアを維持している。

オニセンでは、お盆の時期に夏期休業を取るということをしていない。もちろん工場は一斉休業になるが、間接部門は７月からの３ヶ月の間、自分で好きな時期に１週間休めることになっている。

だから、お盆の８月１５日、オニセンは休みではなく、だが限りなく休みに近いようなまったりとした状態にあった。

昼食後、経営管理部の小林拓真は、林間学校に石鹸を無償提供するための申請書に印鑑をもらうため総務部長のところに向かった。拓真と入れ替わりに総務部長のところに来たのは松本係長で、彼が書類を差し出したとたん総務部長は固まってしまった。

９階では、企画部の役員報告会議が開かれていた。亜細亜電気の新型洗濯機の購入特典として贈答用の自社洗剤を付けようという販売促進のプレゼンという、お盆時期のまったりとした企画会議。
のはずだった。だが、プレゼン用のパワーポイントの中に、プレゼンとはまったく関係のないものが紛れ込んでいた。

１ヶ月前の、富士工場の、工場事故報告書。
総務部長が見た途端に固まってしまったのも、促販企画のプレゼンの中に紛れ込んでいたのも、この富士工場の事故報告書だった。

１ヶ月も前に起きた事故なら、とっくに報告され、対処されていなければならないはず。なのに、誰もそれを知らなかったのはどうしてなのか。その報告書を巡って、会議室は大紛糾。事故報告書を紛れ込ませたのは誰で、その目的は何なのか。

会社上層部の野心と足の引っ張り合い。会議室の面々の会話から、背後に潜むものが徐々に見えてくる。