星落秋風五丈原さん
レビュアー:
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ロシアに(×より)愛をこめて
宮城谷昌光氏「孟夏の太陽」に収録された「隼の城」に、こんな場面がある。
趙家の総帥趙鞅(ちょうおう)が、子供達を山に連れて行き、「隠してある宝の符を探せ」と言う。実はこれは後継者選びを兼ねていた。夕方になり、憔悴して戻ってきた子供達のうちで、ただ一人、
「符を見つけました。」
と言ったのが、妾腹の無恤(ぶじゅつ)だった。彼は、次々に項垂れる子供達の顔を見ている父を眺めて、
「そろいもそろって、あなたの子はたわけではありません。」
と言おうとし、前述の言葉となった。
「うちの息子達はみんな駄目だ。」と気落ちする父を励ましたかったのだ。
その時、無恤はどんな顔をしていたか。きっと、ぶるぶると拳を震わせていただろう。
本書を読んでいると、なぜかあの場面の無恤の表情が浮かんできた。
崩壊後、元気のない旧ソ連の人々の先頭に立った米原氏が、ぶるぶると拳を震わせ、こう言っているように感じた。
「そろいもそろって、ロシア人は飲ん兵衛ばかりではありません。」
とはいえ、次から次へと出てくる酒絡みの小噺の多さから察するに、事実彼等は、酒をたくさん飲むのだろう。日本人の感覚からすれば、うわばみと言われる位に。だが、一度でも冬の大陸を渡った者ならわかる。地面についている靴を伝って、這い昇ってきた寒さが、遂に頭の
てっぺんに達した時の「ひゃあ! 寒い!」という感覚。半端ではない。
あれだけの寒さに対抗するのには、体の中でぼうぼう火を燃やすしかないのだ。そう、酒には寒さ対策という、立派な健康上の理由もあるのだ!ほら、そう考えると、むげに「ロシア人って飲ん兵衛ばっか!」と言い捨てられないのでは?…と、言ってるそばから管を巻く某政府要人が登場!あーらら、せっかくフォローしたのに。
と、まあこんな酒絡みのエピソード以外にも、驚きのトイレ体験や、音楽家が日本で気に入ってしまった意外なもの、要人達の素顔などが収録されていて、くすくす笑ったり、呆れたり、読む側は百面相に忙しい。そしてこの中には、後の著書「真夜中の太陽」に育ってゆく、日本への批判の目(芽)、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」に育ってゆく、国家の影響を受けたごく普通の人々へ向けられた目(芽)等、後に花開き、実を結ぶ双葉が
そこかしこに見受けられた。
「栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し」といいますが、この双葉、ちょっとウォッカ臭い。でも、ロシアへの愛に溢れてるから、悪酔いはしないだろう、多分。
我と思わん酒飲みの貴方、どうです? 試してみませんか?
米原万里著書
真昼の星空
旅行者の朝食
オリガ・モリソヴナの反語法
趙家の総帥趙鞅(ちょうおう)が、子供達を山に連れて行き、「隠してある宝の符を探せ」と言う。実はこれは後継者選びを兼ねていた。夕方になり、憔悴して戻ってきた子供達のうちで、ただ一人、
「符を見つけました。」
と言ったのが、妾腹の無恤(ぶじゅつ)だった。彼は、次々に項垂れる子供達の顔を見ている父を眺めて、
「そろいもそろって、あなたの子はたわけではありません。」
と言おうとし、前述の言葉となった。
「うちの息子達はみんな駄目だ。」と気落ちする父を励ましたかったのだ。
その時、無恤はどんな顔をしていたか。きっと、ぶるぶると拳を震わせていただろう。
本書を読んでいると、なぜかあの場面の無恤の表情が浮かんできた。
崩壊後、元気のない旧ソ連の人々の先頭に立った米原氏が、ぶるぶると拳を震わせ、こう言っているように感じた。
「そろいもそろって、ロシア人は飲ん兵衛ばかりではありません。」
とはいえ、次から次へと出てくる酒絡みの小噺の多さから察するに、事実彼等は、酒をたくさん飲むのだろう。日本人の感覚からすれば、うわばみと言われる位に。だが、一度でも冬の大陸を渡った者ならわかる。地面についている靴を伝って、這い昇ってきた寒さが、遂に頭の
てっぺんに達した時の「ひゃあ! 寒い!」という感覚。半端ではない。
あれだけの寒さに対抗するのには、体の中でぼうぼう火を燃やすしかないのだ。そう、酒には寒さ対策という、立派な健康上の理由もあるのだ!ほら、そう考えると、むげに「ロシア人って飲ん兵衛ばっか!」と言い捨てられないのでは?…と、言ってるそばから管を巻く某政府要人が登場!あーらら、せっかくフォローしたのに。
と、まあこんな酒絡みのエピソード以外にも、驚きのトイレ体験や、音楽家が日本で気に入ってしまった意外なもの、要人達の素顔などが収録されていて、くすくす笑ったり、呆れたり、読む側は百面相に忙しい。そしてこの中には、後の著書「真夜中の太陽」に育ってゆく、日本への批判の目(芽)、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」に育ってゆく、国家の影響を受けたごく普通の人々へ向けられた目(芽)等、後に花開き、実を結ぶ双葉が
そこかしこに見受けられた。
「栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し」といいますが、この双葉、ちょっとウォッカ臭い。でも、ロシアへの愛に溢れてるから、悪酔いはしないだろう、多分。
我と思わん酒飲みの貴方、どうです? 試してみませんか?
米原万里著書
真昼の星空
旅行者の朝食
オリガ・モリソヴナの反語法
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2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。
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- 出版社:講談社
- ページ数:288
- ISBN:9784062730808
- 発売日:2001年02月15日
- 価格:520円
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