『植草甚一の愛したNYの街をヴィヴィッドに描く、上質なミステリーがここに!』という宣伝文句に惹かれ、図書館蔵書にあったので借りてきた本であります。
主人公のコーネリアスは若き弁護士。弁護士事務所の上司からの指示でヒグビーという大富豪からの依頼を担当することになります。
ヒグビーの依頼とは、「自分は競馬馬のオーナーになりたいのでその申請をしたところ、審査をする委員会の長であるフーパー将軍がこれを阻止し、公の場で自分のことを人殺しと非難した。フーパー将軍を名誉毀損で訴えたい」というものでした。もちろん、自分は人を殺したことなどないし、前科もないと言います。
コーネリアスは、「目的は競馬馬のオーナーとして登録されたいことなのか、それともフーパー将軍の言動を許せないということなのか?」と真意を問うと、あくまでもオーナーとして登録が許されることが目的であり、それが叶うのならフーパー将軍の言動などどうでもいいというのです。
そうであれば名誉毀損訴訟など起こす必要はないかもしれない、そのような訴訟を起こすと、相手方は往々にして脇道の議論を始め、あなたに傷があるのならそれがほじくり返されることもあると助言します。
また、あなたには暴かれると不都合な過去は本当にないのか? とも問うのです。
ヒグビー曰く、禁酒法時代、自分は酒の密輸をしていたことがあるが摘発されたことはないので前科記録等はない。自分が密輸した酒を卸していたのは軍幹部であり、直接会ったことはないがフーパー将軍も買い手だったのだ。もし将軍が私のその過去を問題にするつもりなら自分も密輸酒を買っていたのだから理解できないとも言います。
その後の自分は株取引に専念しており清廉潔白なものだとも言うのです。
コーネリアスはもう一つ疑問をぶつけます。あなたは大富豪だ。金の使い道なら競馬馬のオーナー以外にも沢山あるだろう。どうしてそんなにまでして競馬馬のオーナーになりたいのか? と。
「分かった。じゃあこれからある場所に行こう」と言ってコーネリアスをあるビルの一室のアパートに連れて行きます。ところが! そこに住んでいたフランシスという女性は暴行を受けたばかりの様子で部屋中が荒らされており、同居している娘も怯えきっていたのです。
「誰がやったんだ!」怒り狂うヒグビー。「二人組の男だったけれど知らない男で、顔もよく分からなかったのよ」。
「ドアマンなら顔を見ているかもしれない! あとは頼む」と言い残してヒグビーは飛び出してしまいます。
ヒグビーは警察に連絡しても良いと言い、フランシスも拒否しないのでコーネリアスは警察に通報し、直ちに警察官が臨場したのです。
その後、家に帰り眠りについたコーネリアスは上司からの電話で叩き起こされます。「ヒグビーが逮捕された!」。 直ちに警察署に赴き、上司と懇意の警察官、自分と同期の検事と話をしたところ、フーパー将軍の甥が自宅で撲殺され、その容疑者としてヒグビーを逮捕したというのです。
フーパー将軍は甥からフランシスの自宅を襲撃したことを告げられ激怒し、甥を禁足した。喫緊の会議を終えて甥の家に行ったところ甥の死体を発見した。詳しい事情は分からないが、フランシスはヒグビーが囲っていた女性であり、競馬馬の件もあるので、あるいはヒグビーが犯人かもしれないと警察に話したのでした。
警察がヒグビーから話を聞くと、フランシスの家が襲撃された後、ドアマン等に話を聞いたが結局犯人は分からなかった、怒りを静めるためにずっと歩いていただけだ、どこを歩いていたのかは覚えていないと曖昧な説明しかできないのです。5時間もただ歩いていたというのか?
そこでヒグビーを逮捕したものの、確かにヒグビーが犯人だという証拠はない。釈放するから連れて帰って良いと言います。
しかし、コーネリアスは見てしまうのです。警察が犯行現場から押収した証拠品の中に、ヒグビーがある事情から多用していた安物のボウタイがあったことを。
ヒグビーを身請けしたコーネリアスは、全て説明して欲しい、5時間も散歩していたなんていう話では困ると問い詰めるのですが、ヒグビーは「今はフランシスのことが大事だ。フランシスのアパートに行く! 詳しいことは明日の昼食で話そう」と言い、コーネリアスを置き去りにして一人でタクシーに乗って行ってしまうのです。
翌日、約束した場所に出かけたコーネリアスですが、ヒグビーはいつまで経っても現れません。業を煮やしたコーネリアスはフランシスのアパートを訪ねるのですが、ヒグビーは釈放後訪ねてきたことはないと言います。
一体どういうことだ? その後、ヒグビーの行方は杳として分からず、逃げたのか? だとしたら非常にマズイ、あるいは何者かに拉致された?
そもそも、ヒグビーとフランシスはどういう関係なのだ?
コーネリアスが尋ねたことにフランシスはこれまでのいきさつを語り出します。
自分は父親が死んだ後、無一文で放り出された。ある時期、明かすつもりはないがある男に養われていたことがあったがそれは終わったこと。
娘を抱え、仕事にも就けず、アル中になった。そこに現れたのがヒグビーで、彼はこのアパートを与えてくれて、生活費も出してくれた。ヒグビーは私と結婚したいと申し入れてくれたけれど、自分はこんな女なので、結婚したら立派なヒグビーを不幸にするのは間違いない。ヒグビーの女になることは私も望んでいることなのだけれど、ヒグビーは私に指一本触れようともしない。ただただ結婚して欲しいというだけ。
競馬馬のことも、私がつい話したことがきっかけ。父親が存命の頃、家は裕福で競馬馬を何頭も飼っていた。それは美しい思い出だったのでそれをヒグビーに話したことがあった。ただの思い出話だったのだけれど、ヒグビーはどうしても競馬馬のオーナになると言い出した。私はそう望んではいないと何度も言ったのだけれど、ヒグビーは「いいや、君は馬が欲しいだろう」と言い、聞き入れてくれなかった。それほど一途な男なの、と。
うまい作品だ~。
この先のご紹介は控えますが、実にうまい。
しっとりとした情感も湛えつつ、サスペンスとしても見事です。
上記では書かなかったことがいくつもあります。
それを短い言葉でふんだんに散りばめてくるんですよねぇ。
また、情感も漂う作品であり、良作でしょう。
□□□ 普通(1~2日あれば読める)/382ページ:2026/04/10
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