七編の連作である。ある街で、そこに住む人々の不穏な日々が描かれる。登場人物がリンクし、出来事が表と裏から描かれて少しづつ全体の相関的な解像度が上がって行く。しかし、そこは佐藤正午ゆえすべてがスルッとすっきり霧が晴れるようにはいかないのである。
本書を読んでいて
「鳩の撃退法」を思い出した。技法を言っているのではなく、描かれている世界の雰囲気がである。一触即発的な日常から乖離した世界。真っ当に生きて、家庭を設け平穏に暮らす日々とは正反対の世界。それが顔をのぞかせる。出来心や魔がさすという筋道たてた説明がつかない行動が思わぬ結果をまねくのは長い人生の中で誰もが経験したことあるだろう。仕事でのトラブル、男女の関係、誰も見ていない状況、あとから冷静に考えれば、どうしてあんなことをしたんだろう?と思うことがある。そういった不備を重ね岐路は選択されてゆく。まあ、男女の関係では特にそういう場面が多い。不意に訪れる空気が薄くなる瞬間とでもいおうか。二人の間には常に見えない電流が流れている。そういったかけひきや裏社会との関わりに漂う暴力の匂いが作る世界観があの傑作を思い起こさせるのである。
最初に書いたが本書は連作ゆえ、状況の違う七つの物語が描かれる。それぞれは独立して完結している。中年のタクシー運転手の抱える三つの秘密に始まり、飛び降り自殺した女、十七年前に付き合っていた過去の男の秘密などなど、書き出せば他愛もないテーマに思えるが、そこは技巧派の作者のこと、一筋縄ではいかない。
読んでいてもどかしいのは、それぞれの話の相関がストンと飲み込めないところ。それは作者の工夫であって、時間の経過が前後することによってこちらの認識が攪乱されるし、人物の出し入れが意表を突き文脈が常に更新されるし、エピソードが重ならずに繰り返され別の角度からのアプローチが状況を惑乱する。そうやって少しづつ全体が見渡せるようになってゆくが、すべてがマルっと、スルっとクリアになるわけではない。裏で進行している出来事に関しては解が示されていないものがあったりして、それが本書の持つ不穏な雰囲気と重なり奥行きを感じさせることになる。
本書は「バニシングポイント」として一九九七年に刊行された本の改題本だ。後の傑作「鳩の撃退法」に通じるおもしろさの萌芽はここですでに形成されていたんだね。
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