「魏篇」に遅れること約2年で、『三国志名臣列伝』の「蜀篇」が文庫化された。
「なぜ男たちは、それほどまでに劉備を愛したのか?」と、帯に書かれている。いや、本当そうだよな。とにかく逃げ足が早くて、何かあるとすぐに妻子も放ったらかして逃げる。耳が長いのが取り柄かもしれんが、めっちゃ人でなしではないのか。
当時主流であった儒教ではなく、老荘思想からすると、そこまで非難されるようなことでもない、みたいな解説がされているけど、うーんやっぱりもひとつ納得いかんなあ。
どうもこの「蜀篇」は「魏篇」に比べると、もひとつ捗らなかった気がするのだけど、それはやはり、袁術、袁紹、公孫瓚、劉表といったあたりが入り乱れてぐちゃぐちゃやっていた頃の話の比重が大きくなるせい、という気がする。あの辺の流れって、どうにもややこしくて、いまだにちゃんと把握できない。
というのはあるけど、関羽、張飛、諸葛亮、趙雲といったあたりが、劉備と行動を共にするようになるよりもずっと前のことについて、詳しく書かれているのは、やっぱり面白い。蜀のキャラの中では、簡雍が個人的には一番好きなので、ぜひ一編を費やして欲しかったのだが、残念ながら、ちょい役としてところどころに登場するのみとなっている。と思うと、あとがきの中で簡雍について、「列伝に加えたかった人物」として取り上げられている。どうも史料が十分でない、ということらしい。そんなもん、わからんところは適当にでっち上げとけば良いのに、と思うのだけれども、ストイックな宮城谷せんせの場合、そういうわけにもいかんのでしょうな。
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