ドガというとまず思い浮かぶのが、白いパステル画の踊り子ではないだろうか。
私はそこにさらに、草競馬の馬の絵と、ちょっと系統の違う裸婦の入浴シーンの絵などをドガの絵として認識している。
画家というと苦労して絵を書き続けてようやく認められて・・といった印象が強いのだけれど(そう、ゴッホのように)、ドガは裕福な銀行家の長男で父親の理解を得て画家を志し、国立美術学校に入る前からアングルの弟子に師事して徹底的にデッサンの勉強をしていた。国立美術学校の学生にはローマ賞コンクールという制度があり第一席になるとローマのフランス・アカデミーに5年間国費留学できたが、ドガはローマ賞はさっさと諦めて私費で約3年間イタリアに滞在した。ナポリには銀行業を営む祖父(父親がパリ支店を経営)がいてフィレンツェには仲良しの叔母がいたから、イタリア暮らしに何の支障もなかった。
苦労のあげくにようやく名が売れるようになった画家たちからすれば羨ましいかぎりの境遇だが、そんなお坊ちゃまなドガが絵の題材に選んだのが華やかな社交界だったり綺麗な場所や物ではなかったというのが、なんとも興味深い。
初期の肖像画は正確なデッサンで古典的な印象を受けるが、やはりドガの真骨頂は動きを感じさせる絵にあると思う。その代表といえるのが、踊り子であり、競馬だ。オペラやバレエ、競馬は富裕層の娯楽の代表といえるからドガが慣れ親しんでいたというのは分かるが、ドガは常連客の特権としてそこからさらに舞台の裏側や踊り子たちの稽古場といった表舞台ではないところにも入り込んでいき、晴れやかな舞台では見せない踊り子たちの弛緩をも描いていく。
ドガは、最高に美しい頂点よりもそこに至るまでの過程やその間の弛緩状態に目を引かれたのはなぜだろう。たぶん、そういったときにこそ本当のその人らしさ人間らしさが見えると思ったのではないだろうか。よくよく見ると、ドガの絵にはあくびをしている女性が何人か登場するし「アイロンをかける女たち」の大あくびには共感を覚える。
彼が切り取ったシーンは、生き生きとしていて、今にも動き出したりしゃべり出したりしそうだ。
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