人間の本質は善である。という論証をした上巻に続き、なぜ善人が悪人に変わるのかを論じる。意外なことに「共感」がその原因になっていると指摘する。
愛情、共感、信頼の気持ちを高めると言われるホルモン、オキシトシン。筆者によれば、身近な人との絆を強化するが、知らない人に出会うと警戒心を高めるように作用するという。知らなかった。
誰もが仲間に対しては善人になり、よそ者に対しては容易に悪人になれてしまうようだ。他人の考えが分からない、彼らは我々とは異なる考えを持っている、という決めつけが性悪説の根底にあるようだ。戦争の敵国ではクリスマスを祝うことがない、といった決めつけだ。
善き社会に必要なのは共感ではなく、そもそも誰もが善なる存在であることを認めて、人を信頼することに尽きる、と筆者は訴える。人を疑えば、相手はそのように振る舞うし、人を信じれば、相手はその気持ちに応えてくれる。
有名な通説に異を唱える。ニューヨークの浄化に尽力した市長が信じた「割れ窓理論」、汚れたものを放置するとさらに街が汚れる、とした考えから、小さな犯罪を徹底的に取り締まった。その結果、街の犯罪が激減したという事例だ。
筆者によれば、軽犯罪の取り締まりと重犯罪の低下になんら相関性がなく、他の町と同じ程度の犯罪低下に過ぎないという。逆に、軽犯罪を積極的に取り締まりたい警察が、黒人、移民、貧困層に対して執拗に疑いの目を向けるような、悪しき傾向が強まっただけだという。我が正義と確信した者は恐ろしい振る舞いをする。
人を信じることで成功した事例が紹介される。ノルウェーの刑務所では、看守が囚人と友のように接することで社会復帰を成功させている。オランダの在宅ケア集団ビュートゾルフは少人数ケアグループの現場判断を信じて、中央官僚のマネジメントを廃して大成功を収めている。(ビュートゾルフの経営システムは、在宅ケアに限らず世界を席巻していくように思える)
近年は、本書のような性善説が注目されるようになったように感じる。希望が湧いてくる、いい傾向だ。
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