「かねがね越前の九頭竜川ぞいを上下したいとおもっていた」。
そんな書き出しで始まる司馬遼太郎さんの『越前の諸道』は「街道をゆく」シリーズの18巻めにあたる。
旅をしたのは1980年(昭和55年)秋のこと。
この時から半世紀近く経って、越前と呼ばれた現在の福井県には東京から北陸新幹線が開通しているがそれでも3時間近い行程になる。司馬さんは大阪から特急で福井に向かっておよそ2時間の旅である。つまり、越前は圧倒的に近畿に近い。
福井から新潟方面まで古代「越(こし)」と呼ばれていて、それを基準に「越前、越中、越後」という言い方になったという。
福井に到着した司馬さんはまず「勝山」という地に向かう。
現在「勝山」といえば、「福井県立恐竜博物館」があって賑わっているが、司馬さんが訪れた際にはまだ「恐竜」の姿はなかった。
恐竜はいないが、そこに永平寺と関連したお寺があった。
司馬さんの越前の旅は道元と彼のあと永平寺をこしらえていく弟子たちの姿を追うことになる。
そんな司馬さんではあるが、「永平寺門前で渦をまいていた人の波に閉口」してなんと永平寺の門前まで行って引き返してしまう。
「街道をゆく」シリーズが観光ガイドでない、ゆえんである。
福井には戦国の丸岡城や朝倉氏の遺跡もある。
司馬さんはそれぞれに短いながらもひとつの章で描いている。中でも織田信長に滅ぼされた朝倉氏のことは少し小説的な表現ということもあって読み物として楽しめる。
現在の朝倉氏遺跡も司馬さんが訪ねた時よりも随分整備されているが、今司馬さんが訪れたならば「人の波に閉口」して引き返したかもしれない。
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