僕が初めて小川国夫さんの小説を手にしたのは確か高校の頃、参考書のコラム欄か何かに載っていたのを読んだことからだったとおもいます。その紹介記事に「読みにくい」とあったのは覚えていて、それでも何か惹かれるものがあったのでしょう、よせばいいのに紹介されていた長編(何だったかは忘れました)を読んで、結局挫折してしまったのでした。そんな小川国夫さんに何十年ぶりかで挑戦してみたいとおもったのは、その簡潔な文章が、やはりずっと記憶の底に沈澱していたからに違いありません。
小川国夫さんについて
「73年三羽烏」というのは、ちょうど1973年前後に彼らが文壇で賞を受賞するなど、小説家として目立つようになったことから付けられたものです。生年も、辻邦生さんが1925年、小川国夫さんが27年、加賀乙彦さんが29年と、2年ずつをおいて同世代でした(来年2027年は小川国夫さんの生誕100年の年です)。江藤淳氏が、彼ら3人に丸谷才一氏を加えた4人をフォニイ(贋物)と呼んで批判したのは有名ですが、小川国夫さんは、のちに(辞退したとはいえ)芥川賞候補にもなり、その後川端康成文学賞を受賞、晩年には旭日中綬章も授章されました。江藤淳氏が何をして4人をフォニイと言ったのかは知りませんが、その作品が本物だったことは、世間的にも証明されているのは間違いありません。
小川国夫さんはカトリックのキリスト教徒でした。作品にもイエス・キリストやキリスト教をテーマにしたものがあり、覚えていないけれど、もしかしたら最初に手にしたものがそのあたりの小説で、読みにくい、という感想に繋がったのかもしれない、とはおもいます。今回読んだものはまだ長編に至る前のごく初期の作品で、読みにくい、というほどのものではなかったので。
その特徴と感想
本書は、小川国夫さんが30歳の年に仲間とともに始めた「青銅時代」という同人誌に発表した『アポロンの島』他数編に、さらに十数編を加えて私家版として自費出版した短編小説集で、のちに審美社より刊行されるに至ったものです。小川国夫さんは東大入学の3年後にソルボンヌ大学に私費留学、その後3年ほど、ヨーロッパやアフリカをバイクで旅して回りました。本書には表題作『アポロンの島』を始め、柚木浩もしくは浩という名の青年がバイクでヨーロッパを旅する短編がいくつも収められていますが、そのときの経験をモチーフにしたものです。
小川国夫さんの文体の特徴は、一見稚拙とも感じられる、〜た、〜した、〜だった、で限られる、断定的で簡潔な短いセンテンスの文章にあります。加えて、特に最初期の作品である『アポロンの島』は特にそうですが、カメラを一箇所に据え、常に一定の距離を置いてものごとを追ってゆく、そんな即物的な視線が感じられます。『アポロンの島』という作品は、旅先で知り合った他国の若者たちと浩との、ほんの2、3日ほどの邂逅を描いただけのもので、最後にちょっとした事件とも呼べないような事件が起こるきり、これと言って何があるわけでもありません。そのためか、浩と他の若者とのあいだで交わされる会話は常にその場限りで、それ以上広げられるわけでもなく、話題はすぐに次に移ってしまいます。けれどそうした、即物的な視線と淡々と移ろってゆく会話の故に、本作は一層、乾いたような透徹した感じがあるのかもしれません。例えばこんな具合です。
四人は町の中へ入って行った。入ったばかりは冷たかった。海岸へ行こうとして、お互に見当をつけていた。お互の意見は大して違うことはなかったが、海岸へ出て見ると、誰の考えからも遠い地点だった。町で一番大きい聖堂の傍だった。ジャン・ピエールはこのデッサンをとりたい、といった。ジェイムズ達は、宿へ帰る、といった。浩は三人と別れた。ジェイムズは、
⎯⎯ レストランへ一時頃行きますが・・・と、ジャン・ピエールと浩にいったが、浩が、食欲があったら行く、と応えると、ジェイムズは、またゆっくりした感じで笑い出した。
『アポロンの島』 新潮文庫/「アポロンの島/アポロンの島」より
因みに本書には22の短編が載っており、数編ずつ、以下の4つのタイトルで纏められています。この分類は私家版のときからのもので、浩の少年時代の日本に材を取った「動員時代」以外は、その区分の意味はよくわかりません。表題作『アポロンの島』は、「アポロンの島」として纏められた中の一編です。
●エリコへ下る道
●アポロンの島
●動員時代
●大きな恵み
作品の中には、(現在でももしかしたらあるのかもしれないけれど)当時の西欧人の、東洋人に対する差別意識が感じられる記述も散見されます。けれど、そうしたことも含めて、小川国夫さんの眼は常に即物的で、浩としても自身としても、それに何らかの感情を表明することはありません。その乾いた文章は、それ故に読者に強く何かを訴えかけてくるわけでもなく、眺めているこちらの眼の前を静かに通り過ぎてゆくばかりで、ある意味冷たいとも言えるけれど、読み終わったあとには何かこう、しんとしたものが残るのです。長編はあれからまだ手を出していないのでわからないけれど、この「しんとした」感じは、ひょっとしたら長編では難しいのかもしれない、それが逆に「読みにくい」に繋がっているのかも、とおもったりします。
『アポロンの島』以外の作品について
ほとんど『アポロンの島』についてしか書いていないけれど、実は作品としては、「エリコへ下る道」の中の『重い疲れ』のほうが好きだったりします。こちらは、幾つか岡を巡って最後に下り切った部落の入り口付近で、バイク(作品中ではオートバイ)で旅をしてきた彼(おそらく浩と同一人物)が、そこにある三軒のうちの一軒で果物を買って、それと交換のようにその場で食事をしていた地元の男たちからパンと葡萄酒を分けてもらい、食事ののち、部落へは寄らず列車の線路沿いに町へ入って ⎯⎯ という物語。『アポロンの島』よりこちらのほうが、より透き通った感じがします。
本書200ページほどの中に22の短編で、最後のご本人による「自分の作品について」によれば、本集の中では長いほうの『アポロンの島』でも55枚だそうなので、他の作品がどの程度の長さかおわかりになるでしょう。『重い疲れ』も同じくらいで、あとは、3、4ページの作品もあります。どれも小さな掌編なので、作品の中身というよりは、その味わいを楽しむことに重きをおくのがいいのかもしれない、これはそんな作品集だとおもいます。
*こちらに載っている画像は講談社版で、amazonで検索してもそれしかありませんでしたが、僕の手元にあるのは新潮文庫版で、書評もそちらに基づいています。念のため。
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