デイヴィッド・ピースの作品は、『Xと云う患者 龍之介幻想(黒原敏行 訳、文藝春秋、2019年)についで、二冊目。
他に、〈ヨークシャー四部作〉(『1974ジョーカー』、『1977 リッパー』、『1980 ハンター』、『1983 ゴースト』、〈東京三部作〉(『TOKYO YEAR ZERO』、『占領都市 TOKYO YEAR ZERO II』、『TOKYO REDUX 下山迷宮』)がある。/
サッチャー政権時代の1984年、イギリスでおきた炭鉱ストを描く。/
◯炭鉱ストを描いた作品:
ドラマでは、『刑事シンクレア シャーウッドの事件』(2022年/BBC)を思い出す。
映画では、エミール・ゾラの小説『ジェルミナール』(本書中にも委員長がこの作品を旅の友にしているとある。)を映画化したクロード・ベリ監督の『ジェルミナル』(1993年/フランス)が脳裏に浮かぶ。
いずれも、ヘビーさゆえに記憶に残る作品だ。/
読んでいると、高村薫の『リヴィエラを撃て』を思い出す。
短い乾いた文章の連打が、緊張感をいや増す。
これはもう「ハードボイルド」文体の完成形ではないか?/
移動ピケ隊員マーティン・デイリー、ヨークシャー地域執行委員長テリー・ウィンターズ、経営者側で暗躍する〈修理工〉、実業家〈ユダヤ人〉の腹心ニール・フォンテインなど、それぞれ主体を異にするシーンが織物のように編まれているところは、さながら映画を思わせる。/
小説では、ドス・パソスの『U.S.A.』三部作も、これとよく似た構成だ。
国会図書館のデジタルコレクションで第二部「一九一九年」(1932年)を読んだ『U.S.A.』三部作だが、先日第三部「ビッグ・マネー」(1936年)を読もうとサイトにログインしてみると、いつのまにか図書館内限定資料となっていて読むことができなくなっていた。
2026年4月22日から一挙に七万点以上が館内限定資料に切り替えられたらしい。
このような事態に出くわすと、僕のような性格の悪い人間は、すぐに文部科学大臣が古書店業界から袖の下でももらってやったのだろうと勘ぐってしまうのだが、ロシアやアメリカのような賄賂さえあれば何でも買える国とはちがって、汚職など有史以来一度もなかった美しい国、日本にかぎってはまさかそんなことはあるまい。
この件で急に、各種電子書籍サービスの明日が不安に思えてきた。
これらも、ある日突然、運営会社がサービスから撤退したら、タヌキやキツネにでも化かされたように、すべては煙のように消えてしまうのだ。/
【警官隊がどっとなだれこむ。観客席から組合員たちを引きずり出す。一人が床に倒れている。警官六人対その一人。膚がむきだし。警察は革で攻撃する─革の手袋、警棒、ブーツで─ピートはもと来た方向へ引き返す。おれもあとを追う。(略)ピートが折り畳み椅子を一つ両手でつかむ。おれも同じことをする。ピートがお巡りどもに襲いかかる。おれも同じことをする。ピートの椅子がお巡りの背中にぶち当たって壊れる。おれは自分の椅子を投げる。お巡りどもがおれらに襲いかかってくる─おれらは走る。─フェンスを乗り越える─おれらは走る。】(本書。)/
異様な緊迫感が一つの光景を甦らせる。
戦車が広場を蹂躙する。
猫のように人が轢かれる。
銃弾が学生、市民を襲う。
逃げまどう学生、市民。
そして、また、もう一つのシーンが眼裏に浮かぶ。
カメラは都市のビル街を上空から俯瞰で撮っている。
デモ隊の群衆が警官隊に追われている。
人々は逃げまどい、わき道へと四散してゆく。
“Be Water!“
(ブルース・リー。/NHK『映像の世紀バタフライエフェクト「香港 百年のカオス 借り物の場所 借り物の時間」』より。)/
ひろがれ!地に浸みこむのだ!/
どうも脱線がすぎたようですが、スパイは誰か?二重スパイは?登場人物たちの運命をのせて物語は続きます。
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