その基礎知識を整理しようという1冊。
著者は、ワクチン開発にも従事してきた、免疫ウイルス学・細胞生物学の研究者。
わかりやすくコンパクトにまとめられている。
過去のパンデミックやこれまでのワクチン、免疫系の働きなどから説き起こし、今回の新型コロナワクチンがどのような性質を持つものかを解説していく。
帯には
「ファイザー製とアストラゼネカ製の違いは?」などの疑問が。
「有効率95%ってどういう意味?」
「ワクチンを打ったら、もうマスクはいらない?」
「副反応が心配・・・血栓ができると聞いたよ」
「たった1年で開発されたらしいけど大丈夫?」
「ウイルスベクターワクチンって何?」
「mRNAワクチンって?」
「ワクチン以外の薬も知りたい」
こうした疑問がある人は一読するとよいだろう。
ファイザーとアストラゼネカのワクチンの大きな違いは、前者がmRNAワクチンであり、後者がウイルスベクターワクチンであることである。
mRNAはタンパク質に「翻訳」される情報を持つ核酸である。非常に分解されやすい物質だが、ワクチンに使用する際は脂質膜でコーティングされる。ウイルスのスパイクタンパク質の情報を持つmRNAが投与され、これが体内でタンパク質となり、これに対する免疫反応が起こるというしくみである。モデルナのものもこのタイプである。
ウイルスベクター(VV)ワクチンは、他のウイルス(今回のアストラゼネカの場合はアデノウイルス)の外被を、ベクター(いわば「運び屋」)として用い、その中に(今回はコロナウイルスの)スパイクタンパク質のDNAを入れる。「運び屋」のウイルスは生体内で増殖せず、宿主ゲノムに組み込まれる危険性もない。1回の接種でも有効とされるジョンソン&ジョンソンもこのタイプ。
従来は長い年月がかかっていたワクチン開発だが、今回開発が早かったのは、1つには、mRNAワクチンもVVワクチンも「遺伝子組み換え技術を用いて作製された、おもに核酸で構成されたワクチン」であることが大きいという。
従来の生ワクチンでは、弱毒化や不活化されたウイルスを用い、鶏胚や培養細胞にウイルスを接種して増やす必要があり、危険が伴う上、何かと時間がかかった。
これに対して、核酸は化学合成できる。変異に対する対応も迅速であることが期待される。
今回はこれに加えて、承認までの工程を1つずつではなく、ある程度重複して進めていったことも加速につながった。通常、基礎研究→非臨床→臨床試験→申請→審査→承認→生産体制整備と進むところ、基礎研究を行いながら臨床試験も進め、生産にも備えていった形である。パンデミックが急速に広まったため、ワクチンを接種する群と偽薬接種群に分けた臨床試験のデータが取りやすかったのも(皮肉なことだが)大きな要因となった。
意外に誤解されやすいのが「有効率」という言葉だが、例えば、95%の有効率といった場合、100人がワクチン接種を受けたとき、5%が発症することではない。接種しなかった人に比べて、接種した人では発症率が95%低いという意味である(図1)。実際のファイザーのデータでは、ワクチン接種者18,198人のうち発症者が8人(0.04%)、ワクチン非接種者18,325人のうち発症者が162人(0.87%)で、下の等式に当てはめると有効率は95%となる。
著者はVVワクチンの開発にあたった経験があり、そのあたりの裏話もなかなか興味深い。
その他、ワクチン以外のウイルス薬、動物由来のウイルス、パンデミックと国家安全保障などにも触れている。




分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
この書評へのコメント
- miol mor2021-06-15 11:43
〈「運び屋」のウイルスは生体内で増殖せず、宿主ゲノムに組み込まれる危険性もない。〉
こんにちは。私もこの本でそう読んだとき、納得してました。が、その後、別の本を読んでいたら気になることが。
「人体がベクターそのものに対する防御反応を有してしまう可能性」があると指摘されているそうです。
つまり、「ベクターに対して免疫形成し、人体から弾かれてしまう」と。実際、2007年にメルク社のVVワクチンがその理由から臨床試験を中止したとのことです。(この話は内海聡さんの本に出てきます)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2021-06-15 13:16
miol morさん
mRNAワクチンもVVワクチンもプラットフォームとしては新しいものなので、長期的にどうなるかは未知の部分もあると思います。
ベクターに対する免疫の件は、現時点では、ヒトが曝露されたことがないベクターを用いたり、異なるワクチンを組み合わせて用いたりすることで回避を試み、また、ベクターとして使用される量が少量であるため、一応、影響は少ない、ということになっているようです。
https://answers.ten-navi.com/pharmanews/20559/
(この記事の妥当性がどのくらいかは何ともいえませんけれども)
但し、変異株に対応するためなどで、インフルエンザのように繰り返しの投与が必要になると、ベクター自体に対する免疫が生じる可能性は増すはずで、そのあたりは今後の課題となるのでしょうかね(あるいは、VVワクチンではないものに移行する可能性もあるのでしょう)。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:東京化学同人
- ページ数:0
- ISBN:9784807920167
- 発売日:2021年05月26日
- 価格:1540円
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