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スーヌさん
スーヌ
レビュアー:
民族の自決と個人の幸福 マイノリティに課せられた命題に答えはあるのか
 日本でも時折話題に上るバスク、スペインにありながら独自の言語と文化を持つ誇り高き民族。とはいえバスクが好きだとか興味あるとか言うとちょっと意識高い感じでかっこいいかなっていう雰囲気もあったりして。eta?テロ組織?そういう人たちもいるみたいね。

 物語の舞台は小さな共同体で、住民はみんな顔見知りで、家族構成なども周知されている。
 そんな小さな村にもetaはネットワークを張り巡らせていて、家族の中にetaの構成員がいてもそう不思議ではない。そういう村です。
 これはそんな村に住む二つの家族の物語です。
 一つ目の家族はチャト一家。チャトは運送会社を経営していてひとかどの実業家、小さな会社ですが一目置かれる存在です。しかも息子のシャビエルは医者。成功者といっていい。ほかに長女のネレアがいます。奥さんはビジョリ。
 一方はホシアン一家。こちらはうだつの上がらない父さんで、いつも口やかましい奥さんミレンに小言を言われっぱなし。長男のホシェマリは大男でハンドボールの名選手でしたがetaに入ってしまいます。長女のアランチャはよくできたお姉さんで、次男のゴルカは大人しい性格。ところでバスク人の名前は独特です。
 経営者チャトの下にetaから寄付金の要請が来ます。寄付金といっても半ば恐喝のようなもので、みんななんとかやりくりして払っていたものをついにチェトは拒絶してしまいます。
 生粋のバスク人であり、故郷を愛することに関して人後に落ちないと自負するチャトだからこその決断でしたが、この決定が全てを変えてしまうのでした。
 仲の良かった住民たちは全員チェトと口もきかなくなり、道や壁にはチャトを誹謗する無数の落書きが現れます。
 結果として暗殺されてしまうチャト。そして父親を失った一家は周囲の敵視に耐えかねて故郷を去らねばならなくなるのです。
 被害者が出ていかねばならないとは。
 しかしビジョリは納得いきません。危険だからやめるように子供に言われても、故郷の家に戻ってチェトの墓参りをし、ついにはそのまま元の家に居着いてしまうのでした。
 夫の暗殺にはホシェマリが関与していたのではないかとビジョリは考えます。
 etaに入って故郷を離れていたはずのホシェマリが、事件の直前戻ってきていたからです。
 彼はチャトを待ち構えていて、二言三言話すと去っていき、その後すぐにチャトは殺されたのです。
 しかしチャトはホシェマリを生まれた時から知っていて、彼が子供時分にはアイスキャンディーを買ってやったりした仲なのです。
 そんな親しいおじさんをホシェマリは殺したのか。
 ホシェマリは結局スペイン政府に逮捕され、刑務所で歳をとっていきます。
 事件は二つの家族それぞれから愛するものを奪っていったのでした。
 しかし物語はここでetaについて俯瞰的な解説を入れたりしません。それをやると物語は底の浅いジャーナリズムもどきになってしまいますがこれは文学なのです。
 しかもこの著者は、読者を喜ばそうとか話を盛り上げようとか考えません。
 あくまでエピソードを積み重ねて物語を織り上げていく方法で、著者はバスクの見えない素顔を描き出していくのです。
 かつては親しく付き合っていた二つの家族は、今や離れ離れになってそれぞれの道を歩んでいきます。しかもその道は誰にとっても平坦ではなかったのです。
 双方の家族の心の傷が癒える日は来るのか、チェトの家族はいつか故郷に帰れるのか、そしてホシェマリは本当にチャトを殺したのか。
 長い物語で文字も細かくびっしり植わっているので、読むのは簡単ではありませんが、読む価値のある物語です。
 現在進行形の政治的内容を含む物語という、極めて困難な題材を著者は思想的に偏向することなく見事に描き切っています。
 現代文学の象徴として歴史に残る作品かもしれません。
 これは徹夜必至とか一気読みとかマジ泣けるとか、そういう即効性のサプリみたいな本ではなく、時間をかけて考えながら読んで、読んだ後も心の底に残ってずっと考え続けさせるような本なのです。
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スーヌ
スーヌ さん本が好き!1級(書評数:33 件)

50代男性 実は書店員だが業務で書評を書く機会はない。

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