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紅い芥子粒
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人違いで父親を殺された求馬は、武家のしきたりで敵打の旅に出る。家来の喜三郎、”念友”の左近、殺されるはずだった甚太夫を道連れにーー
江戸時代、肥後の細川家であった話である。

そもそもの始まりは、剣術の試合で、甚太夫が兵衛にわざと負けてやろうとしたことだった。善意でしたことである。相手に花を持たせてやろうとしたにすぎない。
そのことが、兵衛の剣術の達人としてのプライドを傷つけた。

根に持った兵衛は、闇夜に甚太夫を待ち伏せた。
そして、甚太夫と背格好のよく似たまったくの別人を殺してしまった。

人違いで殺された侍には、求馬(もとめ)という17歳の嫡子がいた。
こういうとき、子は父の敵を打つのが、武士のならわしだった。
そうしなければ、お家お取り潰しになってしまう。
求馬は、色白で軟弱な男子。
ほんとうはいやだったろうが、しきたり通り藩主に敵打を願い出た。

敵の兵衛は、どこかへ逃げてしまっていた。
求馬は家来の喜三郎を連れて、兵衛を探す旅に出る。

その旅に、甚太夫も同行を願い出た。
求馬の父は、自分と間違われて殺されたのだ、助太刀をしなければ、武士の面目が立たぬーーと、思ったのだった。

もう一人、求馬の後を追いかけてきた若者がある。”念友”の左近。

”念友”とは、辞書によると、「男色関係の兄分に当たる者」なのだそうだ。
起請文まで取り交わした仲だというから、ふたりは固い契りで結ばれていたのだ。
左近をかりたてたのは、求馬への”愛”だけではない。ふたりの仲を知っている同輩から、薄情なやつと後ろ指刺されるのがいやだったのだ。
左近は、親にも内緒で家を出た。

求馬は、しきたりだからしぶしぶと。
喜三郎は、忠誠心から。
甚太夫は、武士の面目を守るため。
左近は、”愛”のため。
四人それぞれの事情から、敵打の旅に出る。

熊本の城下を発ったのは、寛文七年の春だった。敵打の旅が終わったのは、寛文十年の秋である。

過酷な旅だった。
路銀はまたたくまに底をつき、行商や大道芸のまねごとをして稼いだ。
四人のうち、左近、求馬、甚太夫の順で死んでいき、生き残ったのは、喜三郎ひとりだった。
華々しい斬り合いで死んだわけではない。
旅の間にいろいろあって、病気になったり、自暴自棄になったり…… 
ひとり死ぬごとに、兵衛のせいということになって、敵の重みは増していく。

敵打は、成ったとも成らなかったともいえない。
こんなことに若い命を散らせてしまった求馬や左近が哀れである。

武士道とか、武家のしきたりとか、ほんとうにおかしい。狂っている。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:561 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. noel2021-06-07 14:23

    >武士道とか、武家のしきたりとか、ほんとうにおかしい。狂っている。

    またまた書いてくれましたね。芥川もその辺りの理不尽さを嗤うためにもこれを書いたのではないでしょうか。だが、ただ嗤うだけでは済まない理不尽さ。その哀感漂う「武士という身分」の虚しさをやりきれない思いで筆を執ったのか、それとも……。

  2. 紅い芥子粒2021-06-07 16:03

    noelさん、コメントありがとうございます。虚しさ、やりきれなさはあったと思いますよ。ひとり生き残った喜三郎は、振り分けの荷物に三人の遺髪を入れて、熊本に帰って行くのですから。直前にある嘘をついて、死の床にあった甚太夫と喜三郎を敵打の呪縛から解き放ってくれた人物がいるのです。その人の嘘がなければ、喜三郎も、もはや何のためかわからなくなった敵打地獄から抜け出せなかったでしょう。

  3. noel2021-06-07 16:15

    では、救いのある物語なのですね。なるほど、それなら読んでみたくなりますね。

  4. 紅い芥子粒2021-06-07 17:00

    そうですねえ。救いがあるというか、救いを求めるというか……

  5. noel2021-06-07 22:32

    ――ということは、読者は救われた気持ちにならない小説?

  6. 紅い芥子粒2021-06-08 08:38

    やっぱりやりきれなさが残りましたね……

  7. noel2021-06-08 11:33

    つらいなあ~。

  8. No Image

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