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たけぞう
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小川洋子版アンネの日記。
刊行から二十五年、文庫化から二十一年。今回、新装版となって登場です。
作品名に聞き覚えがなかったので、手持ちの小川作品の著者紹介欄で
チェックしたら、どこにも挙げられていませんでした。
知る人ぞ知る名作と言っていいでしょう。

この作品には独特の閉ざされた世界観があって、
これまで読んだ作品に通じるものがありました。
著者がアンネ・フランクに対して並々ならぬ熱意を持っていることは
知られていますが、その価値観の源流が感じられました。
初期の作品なので、著者の原点に近い作品なのだろうと思います。
この島から最初に消えさったものは何だったのだろうと、時々わたしは考える。
始まりの一文です。意味は分かります。
そして、消えるという言葉から、頭の中でいろいろな連想が始まります。
誰かが逃げて行ったのか、何かが奪われた歴史なのか、
何かの事件の始まりなのか ──────。
「あなたが生まれるずっと昔、ここにはもっといろいろなものがあふれていたのよ」
子供の頃、母はわたしによく話して聞かせてくれました。
「でも悲しいことにこの島の人たちは、そういう素敵なものをいつまでも長く、
心の中にとどめておくことができないの。島に住んでいる限り、
心の中のものを順番に一つずつなくしていかなければならないの」

消えるという言葉の意味が、自分の考えていることから少しずれている、
そんな気がしてきます。

朝ベッドの中で目を開けたら、知らないうちに終わっていて、
でもどこかがきのうとは違う世界。
朝の空気の流れ方を感じ取れば、島から何が消え去ったのか分かるわと、
母はわたしに語ります。

階段の裏側に、小さな引き出しがたくさん並んだ古いタンスがありました。
母はそこに、消えたものをしまっていたのです。
消えたものをしまっているとは?

ここでようやく、この物語の消えるという言葉の意味が分かってきました。
消えるとは、物質的には存在していても、それを見て記憶が呼び覚まされたり、
何かの感情を抱いたりすることがなくなるということなのです。
ただ、モノがあるだけ。
人間のこころや生活に訴えかけなければ、モノは存在する意味が
なくなるということです。

なんだか、すごい世界に入ってきたと思いませんか?

どれか一つ、好きな引き出しを開けてごらんという母の言葉に、
わたしはいつも迷います。引き出しの中から出てくるもの。
リボン。鈴。エメラルド。
そうして再会したモノが持っている記憶を、一つ一ついつくしむ母。
幼いわたしは初めて見るものばかりで、
母の話はわたしをぞくぞくさせました。

────── 母は記憶が消えない人だったのです。
消えるという理不尽と、人間のこころの対比。
どんな力でもってしても、消すことのできないものがあるということが、
読みながら自分の感じたことです。
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たけぞう
たけぞう さん本が好き!免許皆伝(書評数:1468 件)

ふとしたことで始めた書評書き。読んだ感覚が違うことを知るのは、とても大事だと思うようになりました。本が好き! の場と、参加している皆さんのおかげです。
星の数は自分のお気に入り度で、趣味や主観に基づいています。たとえ自分の趣味に合わなくても、作品の特徴を書評で分かるようにしようと務めています。星が低くても作品がつまらないという意味ではありません。

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