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darklyさん
darkly
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内戦のようなものはあるにしろ基本的に他国に侵略されたことがない日本とは比べ物にならないほどの深い歴史の闇が染みついているオートラント。そしてその闇とアドリア海に面するまばゆい光とのコントラスト。
悪魔たちが姿を現わす決心をする、あの正午の時間をもう知っていた、と言っておこう
で始まり
悪魔たちが姿を現わす決心をする、あの正午の時間を私は今や知ったのだ
で終わるこの物語の何に魅了されたのか私は分かりません。

オートラントという言葉を見ればウォルポールの「オトラント城奇譚」を思い浮かべる人は多いでしょう。この物語は確かに「オトラント城奇譚」を下敷きにしています。が、私の理解が及ぶ限りでは直接この二つの物語に関係があるとは思えません。

オートラントとは実在のイタリアの町です。イタリア半島の先、長靴のたとえで言えば踵の部分に位置する風光明媚な観光地です。今では静かで平和な小さな港町ですが、島国の日本では想像できない、地続きのヨーロッパの血生臭い暗い歴史を背負っています。

そもそもこの物語にはほぼ筋書きがありません。オランダからやってきた、教会のモザイク(聖書物語を描いたタイル)を修理する仕事を請け負った女性の主人公によるオートラントでの日々としか表現しようがありませんが、そもそも現実に起こっていることなのか、それとも主人公の幻視なのか、登場人物は実在するのか、それとも主人公の妄想なのか、はたまた過去と現在という時間の境は存在せずすべては同時に存在しているのか。

一体この小説はどのようなカテゴリーに分けられるのか。
オートラントにおけるオスマン帝国による侵略とキリスト教徒800人の惨殺を下敷きにしたホラーなのか、幻想小説なのか、あるいは時間SF的なものなのか。はたまたアドリア海に面したオートラントの「強い光」を影の主人公としたいわばモチーフ小説とでも言うべきものなのか。

文学は文章で書かれているわけで当然読み手にストーリーという情報を伝達する役割を持っています。しかし文学は同じ文章であっても、つまりそれぞれの人へのインターフェイスは同じであっても、それを精神に取り込む個人の感性、理解力、知識、経験等により捉え方や感じ方を変えさせるという奥深い役割も持っています。そのような意味で本書の冒頭の「解題」にある小説のカテゴリーとして「観念小説」との紹介はまさにその通りであると同時にこの物語は「奇譚」としか表現できないと思います。もちろん哲学者でもある作者の「観念」を私がどれだけ共有できたのかは定かではありません。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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この書評へのコメント

  1. noel2021-06-02 21:32

    とても興味深い語り口でした。

    >文学は同じ文章であっても、つまりそれぞれの人へのインターフェイスは同じであっても、それを精神に取り込む個人の感性、理解力、知識、経験等により捉え方や感じ方を変えさせるという奥深い役割も持っています。

    確かにそうですね。どの空間のどの位置に我が身を置くか、そして相手をどの心理において把握するか。そのようなあらゆるアングルから切り出したものこそが珠玉の小説となるのでしょう。的外れな物言いになるかもしれませんが、その昔、アシモフの小説を読んだとき、おっしゃるところの「観念小説」っぽいイメージを感得したことがあります。ごめんなさい、タイトルは忘れましたし、ストーリィも憶い出せません。こういうと、怒るひともいましたが、決してふざけて言っているのではないので、誤解のなきよう……。

  2. darkly2021-06-03 06:24

    noelさん、いつもコメントありがとうございます。多分文学も音楽も良いものは、それぞれ違うアングルから味わってもそれぞれの心に残るものを言うのだと思います。

  3. noel2021-06-04 07:46

    入り口は同じであっても、出口は異なる。それが面白いのですね。このサイトに来てみて一番面白く感じたのは、そこです。他人の書いた小説を自分なりの解釈でもう一度、焼き直す。すると、同じものが別のテイスト(観念)をもったものに仕上がる。それがまた楽しいのです。

  4. darkly2021-06-03 20:03

    まさに同感です。知らない本を知ることも面白いのですが、読んだことがある本を全く別の切り口や感性での書評を読むことはとても楽しいです。

  5. No Image

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