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ぱせりさん
ぱせり
レビュアー:
形のないものは形のないままに。
スイス北東部トゥールガウ州の丘陵地帯を舞台にした短編集である。
人が日常を踏み外してしまうときって、何がきっかけだったのだろう。
些細なことの積み重ねだったのかもしれない。自分のなかに以前から隠れていた、ちょっと厄介なものに、気がついてしまった、というだけのことかもしれない。
とても大切だと信じていたものが、ほかの人たちにはとるに足らないものだった、ということに、いまさら気がついて茫然とすることもある。
自分のある行動が、そんなつもりはないのに、周りの価値観により、別の色に色付けされてしまうこともある。


静けさを求めて山奥の湯治場にやってきた作家。
森で寝起きする少女。
人付き合いの苦手な晩熟の農夫。
信任篤かった前任者と、タイプの違う新しい牧師。
第二の人生を計画する守衛だった男。
熱心なピアノ教師。
……。


彼らの胸の内で何かが目を覚まし、名指しがたい何かに変わっていく様子がよくわかる。人の気持ちって、人という入れ物の中に入った、不思議な生き物のようだ。
生きものを呼び起こすのは、外部の誰か。その誰かも、人ではない生き物に思える。人の姿をした別の生き物が、人の中にいる生き物に、接触したような感じだ。
呼んで呼ばれて、呼び合っているように思える。
まるで森から現れて、また森に戻っていく鹿に似た彼女。
翼を広げて頭上を覆う大きな鳥のような彼。
あるいは、急いで駆け巡る小動物のような彼や彼女や。


そういうとき、表題作『誰もいないホテルで』の中に現れるあのセリフ、
「あなたは電気や水よりもずっと多くを得ている」
のように、もしかしたら、説明しようがない、かけがえのない時間を体験したのかもしれないのだ。


読後感は、ちょっと滑稽なのもあるし、不快なのもある。ああ、なんと残酷な、と思うものもある。だけど、どの物語もあとになってふりかえってみれば、満たされた気もちになっていることに気がつく。
形のないものが形のないままに、スケッチされていくのを、ゆっくりと眺めていく、その過程のなかに、それぞれへの、目に見えない承認のようなものを感じる。
物語の舞台に漂う、清澄な空気のせいかもしれない。
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ぱせり
ぱせり さん本が好き!免許皆伝(書評数:1742 件)

いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。

読んで楽しい:4票
参考になる:27票
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