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ぽんきち
レビュアー:
600年ほど前の道東アイヌの暮らし
『ハルコロ』1巻2巻の原作にあたる本。

全体としては三部構成で、「アイヌモシリ(アイヌの地)」と題する第一部は、アイヌの暮らしのいわば基礎知識をいくつかのトピックで紹介する。第二部「ハルコロ」が本書の中心で、600年ほど前に生きたアイヌの少女が母となるまでの物語。第三部「パセクル」は、第二部の後日談でハルコロの息子が家を出て安住の地を見つけるまでを描く。

元は朝日新聞の学芸欄に1982年4月から半年間、102回にわたって連載されたものという。単純計算で一ヶ月に17回、かなり密な、しかも長期の連載である。
1972年、著者は札幌に拠点を置いて取材を開始する。同年に開館した二風谷アイヌ文化資料館の取材で、館長・貝沢正や萱野茂らと知り合い、アイヌ文化の理解を深めていく。一方で、ベトナム戦争の取材なども抱え、アイヌの取材はしばしば中断する。そんなこんなで実際の連載が始まるのは取材開始から10年後となった。

多くのアイヌに聞き取り調査をし、写真も多く収録される。資料や取材を元に、全編ルポとして書くという手もあったのだろうが、著者は第一部のみをルポ形式とし、第二部は物語、第三部はアイヌ風の自叙伝形式とする。
600年前のアイヌの暮らしを違和感なく描くには、その形式がふさわしいと考えてのことだろう。

さて、はるか昔の、そして言ってみれば異文化の庶民の暮らしをどのくらい再現できるのか、なかなか難しいところのようにも思うが、意外に本作は成功しているようにも思える。
第二部では、入れ墨やイヨマンテ(神送り)、トパットゥミ(古代の小戦争)といった大きな出来事を軸に、時代を生きた少女の心の揺れを交えながら物語が紡がれる。アイヌは文字を持たないが、ドイタク(昔話)やサコロペ(叙事詩)が口承で伝えられてきた。これらも巧みに取り込まれ、その時代のアイヌの暮らしが生き生きと浮かび上がってくるのだ。
叙事詩で謡われる英雄ポンヤンペの冒険譚はなかなか壮大で、さまざまなバリエーションもありそうであり、興味深いところである。
第三部はウパシクマ(言い伝え・遺訓)と言われる形式で、実在の人物の経験を語る形である。本書では架空の人物が主人公だが、実際にその経験をした祖父が孫へ、またその孫へ、という形で語り継がれて、数世代前の出来事がかなり具体的に伝わる例もあり、本書でもそうしたエピソードを一部取り込んで物語としている。

その他、産婆に伝わる産婆術や、ドスクルと呼ばれる霊媒師、求婚の儀式など、暮らしにまつわるあれこれもおもしろい。
北海道の地で、チセと呼ばれる萱の家は寒くないのかと疑問だったのだが、意外に暖かだったそうである。屋根も壁も約30センチほどの厚みがあり、冬の間はそのまわりに土を60センチほども盛る。炉の周りは床がなく、地面に直接、萱などを厚く敷き、さらにゴザを敷く。壁は傾斜して作られ、屋根の勾配に近いため、境には隙間ができにくい。土地によっては半地下・合掌形式で作られる。この中で昼夜いろりの火を絶やさないため、厳寒期でもかなり温かかったらしい。逆に夏は涼しく過ごせたそうである。

本書の取材の頃は、長年、差別や抑圧に苦しんでいたアイヌの人々が立ち上がる動きが顕著になっていた頃。その中で、著者はアイヌの古老たちの元を訪ね歩き、聞き歩く。自らの考え方や書いたものに誤りがないか確認することもしばしばだったという。
写真に映る人々も多くはすでに存命ではないだろう。聞き取りという点でも貴重な記録であり、物語としてもおもしろく読んだ。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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