ぽんきちさん
レビュアー:
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それで、イライザとヒギンズ教授は末永く幸せに暮らしましたって・・・? イライザの言葉を借りれば、それは「クソありえねー(Not bloody likely)!」
バーナード・ショーの戯曲。
20世紀初頭のイギリス。言語学(音声学)者のヒギンズ教授が賭けをする。強烈な訛りのある貧しい花売り娘、イライザに、6ヶ月で上流階級の話し方を教え込み、貴婦人を作り上げてみせようというのだ。つまり、教授は話し方こそがその人の人となりを作り上げると考えている。このあたりは階級ごとに話し方が異なるイギリスならではという感じもするが、ともかくも教授、そして友人のピカリング大佐は、下品な花売り娘に上流階級にふさわしい言葉遣いとマナーを教え込もうと奮闘し、大成功を収めるが・・・というお話。
ピグマリオンというのはギリシャ神話に登場するキプロスの王の名である。現実の女性に失望していた彼は、理想の女性像を彫刻する。あまりにもよくできたその姿に、服を着ていないことを恥ずかしく思い、服も彫ってやる。そのうち、彼はその像に恋をしてしまう。哀れに思ったアフロディーテがその像に命を吹き込み、めでたく2人は結ばれる。
このエピソードをベースにしてはいるが、ショーの戯曲はなかなかに辛辣である。
このお話は、原題の「ピグマリオン」よりも、ショーの死後、ミュージカル化、後に映画化されたバージョン、「マイ・フェア・レディ」のタイトルでの方がよく知られているだろう。
「踊り明かそう」(I Could Have Danced All Night)、「素敵じゃない?」(Wouldn't It Be Loverly?)、「ほんの少し運が良けりゃ」(With A Little Bit Of Luck)と、何せ名曲揃い。貧しい娘がぐんと垢ぬけていくさまは劇的で見せ場も多い。
きわめて上品な言葉遣いを習得する一方で、つい元の地金が出てしまう可笑しさもある。
コックニー訛りを直そうとヒギンズが考え出したフレーズ("The rain in Spain stays mainly in the plain"(イライザはaiを「エイ」ではなく「アイ」と発音する)、"In Hertford, Hereford, and Hampshire, hurricanes hardly happen"(訛りがあるとhが抜ける))も有名だが、これはミュージカルのオリジナルというのは意外なところだ。
本当のところ、ショーはミュージカル化には否定的だった。ミュージカルでは教授とイライザが結ばれることを匂わせるハッピーエンド的幕切れになっているが、実は、原作戯曲は違う。
厳しい訓練の末、見事、言葉遣いもマナーも習得して貴婦人となったイライザ。しかし、彼女は気づいてしまう。自分が一個の人間として尊重されてはおらず、単に賭けの対象でしかなかったことを。そして中途半端に階級を超えてしまった自分は、もう元の古巣に戻って同じ暮らしはできず、さりとて本当の貴婦人にもなりえないことを。彼女は爆発する。しかし、自分本位のヒギンズは彼女が何を怒っているのか理解できない。掃き溜めから救ってやったのに恩知らずが何を言うのか。
ミュージカル・映画はそれでもイライザが矛を収め、ヒギンズの元に戻るところで終わる。ロマンティックだけれど何だか釈然としない。いやいや、イライザ、その男はあんたを本当に愛することはないよ、と押しとどめたくなる。
ショーは戯曲に対する「後日譚」を書いている。これが載っているのが本書のキモである。この後日譚がなかなか読ませる。そして、ミュージカル版の結末より「ありえる」だろう結末なのだ。
自我に目覚めたイライザは、結局、自らを崇拝する若者と結婚する。けれどもヒギンズと完全に切れることはない。もはやヒギンズ邸は彼女にとっては実家のようなもので、結婚生活を送りながらも、ヒギンズの身の回りの世話もする。
イライザの夫となる青年も、階級社会の中では宙ぶらりんな存在で、一応は上流階級に属するが、父を亡くして金がなく、満足な教育も受けていない。いわば半端ものどうしが結婚をし、教授や大佐の援助で商売などもするが、もちろん、大成功は収めない。どうにかこうにかやっていく形になる。
イライザは夫にも大佐にも優しいが、教授が横柄な態度を見せるときつく反発する。神話ではピグマリオンとガラテアは結ばれるけれども、ショーのお話では、
はてさて、イライザは見出されて幸せだったのだろうか。それとも花売り娘のままの方がよかったのだろうか。
解説・訳者あとがきを含めて読ませる。
20世紀初頭のイギリス。言語学(音声学)者のヒギンズ教授が賭けをする。強烈な訛りのある貧しい花売り娘、イライザに、6ヶ月で上流階級の話し方を教え込み、貴婦人を作り上げてみせようというのだ。つまり、教授は話し方こそがその人の人となりを作り上げると考えている。このあたりは階級ごとに話し方が異なるイギリスならではという感じもするが、ともかくも教授、そして友人のピカリング大佐は、下品な花売り娘に上流階級にふさわしい言葉遣いとマナーを教え込もうと奮闘し、大成功を収めるが・・・というお話。
ピグマリオンというのはギリシャ神話に登場するキプロスの王の名である。現実の女性に失望していた彼は、理想の女性像を彫刻する。あまりにもよくできたその姿に、服を着ていないことを恥ずかしく思い、服も彫ってやる。そのうち、彼はその像に恋をしてしまう。哀れに思ったアフロディーテがその像に命を吹き込み、めでたく2人は結ばれる。
このエピソードをベースにしてはいるが、ショーの戯曲はなかなかに辛辣である。
このお話は、原題の「ピグマリオン」よりも、ショーの死後、ミュージカル化、後に映画化されたバージョン、「マイ・フェア・レディ」のタイトルでの方がよく知られているだろう。
「踊り明かそう」(I Could Have Danced All Night)、「素敵じゃない?」(Wouldn't It Be Loverly?)、「ほんの少し運が良けりゃ」(With A Little Bit Of Luck)と、何せ名曲揃い。貧しい娘がぐんと垢ぬけていくさまは劇的で見せ場も多い。
きわめて上品な言葉遣いを習得する一方で、つい元の地金が出てしまう可笑しさもある。
コックニー訛りを直そうとヒギンズが考え出したフレーズ("The rain in Spain stays mainly in the plain"(イライザはaiを「エイ」ではなく「アイ」と発音する)、"In Hertford, Hereford, and Hampshire, hurricanes hardly happen"(訛りがあるとhが抜ける))も有名だが、これはミュージカルのオリジナルというのは意外なところだ。
本当のところ、ショーはミュージカル化には否定的だった。ミュージカルでは教授とイライザが結ばれることを匂わせるハッピーエンド的幕切れになっているが、実は、原作戯曲は違う。
厳しい訓練の末、見事、言葉遣いもマナーも習得して貴婦人となったイライザ。しかし、彼女は気づいてしまう。自分が一個の人間として尊重されてはおらず、単に賭けの対象でしかなかったことを。そして中途半端に階級を超えてしまった自分は、もう元の古巣に戻って同じ暮らしはできず、さりとて本当の貴婦人にもなりえないことを。彼女は爆発する。しかし、自分本位のヒギンズは彼女が何を怒っているのか理解できない。掃き溜めから救ってやったのに恩知らずが何を言うのか。
ミュージカル・映画はそれでもイライザが矛を収め、ヒギンズの元に戻るところで終わる。ロマンティックだけれど何だか釈然としない。いやいや、イライザ、その男はあんたを本当に愛することはないよ、と押しとどめたくなる。
ショーは戯曲に対する「後日譚」を書いている。これが載っているのが本書のキモである。この後日譚がなかなか読ませる。そして、ミュージカル版の結末より「ありえる」だろう結末なのだ。
自我に目覚めたイライザは、結局、自らを崇拝する若者と結婚する。けれどもヒギンズと完全に切れることはない。もはやヒギンズ邸は彼女にとっては実家のようなもので、結婚生活を送りながらも、ヒギンズの身の回りの世話もする。
イライザの夫となる青年も、階級社会の中では宙ぶらりんな存在で、一応は上流階級に属するが、父を亡くして金がなく、満足な教育も受けていない。いわば半端ものどうしが結婚をし、教授や大佐の援助で商売などもするが、もちろん、大成功は収めない。どうにかこうにかやっていく形になる。
イライザは夫にも大佐にも優しいが、教授が横柄な態度を見せるときつく反発する。神話ではピグマリオンとガラテアは結ばれるけれども、ショーのお話では、
彫像のガラテアがみずからの創造主であるピグマリオンを本当に好きになることは決してない
はてさて、イライザは見出されて幸せだったのだろうか。それとも花売り娘のままの方がよかったのだろうか。
解説・訳者あとがきを含めて読ませる。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:光文社
- ページ数:297
- ISBN:9784334752811
- 発売日:2013年11月08日
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