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紅い芥子粒
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鼠ぐらいしか上り降りできないといわれる、細く急な坂道、鼠坂。その坂の上に、立派な屋敷が建った。戦争のとき、満州でおおもうけした深渕という人の邸だという。
戦争というのは、日露戦争(1904-1905)のことだろう。
日本とロシアが、満州と朝鮮半島の権益を巡って争った。
戦場となったのは、南満州と遼東半島である。

二月十七日の晩、新築の深渕邸に二人の客があった。
支那語の通訳をしていた平山という男と、新聞記者の小川という男。
新邸を祝いに来たのか、主人の深渕氏と酒杯を重ねていた。
三人は、酔うほどに深渕氏が満州で大もうけした話になる。
読んでいても、あまり気持ちのいい話ではない。
戦争のどさくさに便乗して、ひとを騙したり陥れたりして築いた財産だ。

そのうち深渕氏は、とんでもない暴露話を始める。
それは、新聞記者の小川が満州で犯した、ある罪悪の話だった。
何も知らない通訳の平山に教えてやろうというわけだ。
小川は、嫌そうな迷惑顔をしたが、深渕氏はかまわず話し始めた。

深渕氏の妻は、女中を遠ざけ、座敷の襖を閉める。

満州のある村。そこでの戦闘は終わり、住民は逃げてしまっており、空き家だらけだった。小川は、そのうちの一軒を宿舎に割り当てられていた。
凍てつく冬の夜、屋外の便所に用足しに出たときのできごと。

小川から聞いた話なのに、さも見てきたことのように、深渕氏は、微に入り細に入り、情景描写さえ交えて語る。

用を足していると、無人のはずのとなりの家から、物音が聞こえる。
好奇心にかられてのぞくと、火の気のない家の中に、”土人の”若い女がいた。
逃げおくれたのか、もともと囚われの身だったのか、うつくしい顔立ち。
小川は、欲情にかられ、女を意のままにしてしまう。

話は、それだけでは終わらなかった。顔を見られたと思った小川は、女を……
女は、口から赤い糸をひいて……

とんでもない話を暴露された小川は、青ざめた。
さすがに座はしらけ、平山は、もう寝ると立ち上がった。
小川と平山は、深渕邸に泊まるつもりで来ていたのだ。

小川が立ち上がるとき、深渕氏はさりげなくいった。
きょうがその女の七回忌だね、と。

深渕邸に宿泊した小川には、さらに因果応報の運命が待っていた。


後味の悪い怪談なのだが、この作品が発表されたのは明治45年、いまから百年以上も前である。
いま読むと、日露戦争って、こんな戦争だったのか、と思う。

中国に土足で上がり込んで、現地の人を追い散らし、日本とロシアが戦う。
軍人も民間人も、現地の人を”土人”とさげすみ、奪うも殺すも姦すも、欲望のままにやりたいほうだい。

戦争って、ほんとうに醜い。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. noel2021-07-26 21:39

    反吐が出そうな話ですね。鴎外は戦争の醜さを書きたかったのでしょうか。

  2. 紅い芥子粒2021-07-26 22:58

    そういうわけではないと思います。むしろ人間の醜さ。ただ、わたしは鴎外がこの作品に書き残してくれた戦争のありさまに目が行くのです。

  3. noel2021-07-27 06:32

    だと、思いましたよ。

  4. No Image

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