書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

Yasuhiroさん
Yasuhiro
レビュアー:
マンション一家惨殺事件から見えてくる日本の様々な「家庭」像を活写すると同時にその言葉の持つ幻想を突き崩していく。社会派宮部みゆきの真骨頂。
  冒頭から個人的な話で恐縮ですが、宮部みゆきが「怪物」的な悪を描くようになった時期と自身の阪神淡路大震災による心的疲労の時期が重なり、長い間(時代物以外)彼女の作品を読むことをやめていました。

  しかしその後も彼女はこの「理由」で直木賞を獲ったのを始め、「模倣犯」「名も無き毒」「ソロモンの偽証」と社会派ミステリーの話題作を次々と発表しています。ブックオフに出かけても、新潮文庫版の彼女の赤表紙が圧倒的な存在感を放っているのは常に気になっていました。
  そこで去年末から今年初めにかけて、彼女の社会派作品群をブックオフで大人買いし、休みの間に集中して読みました。長い作品が多くてそれも内容が疲れるものばかりで大変でしたが、久々に宮部みゆきを堪能しました。

 
  で、まずは直木賞受賞作「理由」からレビューしたいと思います。

  バブル期に計画されバブル崩壊後に完成した荒川区の超高層マンションの一室で起こった凄惨な一家四人殺人事件。それが解決して数年後に企画されたルポルタージュ、という形式の着想の妙、多角的視点からの人物造形、そして凄惨な事件の直接間接の膨大な数の証言から炙り出されてくるバブル経済崩壊の病根の深さ、そして最終的な事件の全貌提示。

  読了直後は、さすがだなという感想しか思い浮かんできませんでした。敢えて言うと、中盤から後半にかけての展開がやや重くてくどい感じがしないでもないですが、それも周到な計算故のことと、最終二章を読めば納得せざるを得ないです。
 
  早々にネタバレされるので書いてしまいますが、この一室に住んでいて惨殺されたのは購入した家族ではありませんでした。購入した元の家族はローン返済に行き詰まり、その部屋は裁判所の競売にかけられ、ある男が落札したのです。しかし諦めきれない家族は何者かの入れ知恵で夜逃げ同然にいったん姿を消し、替わりに「占有屋」と呼ばれる偽家族が居座り、落札した男とトラブルになっていたのでした。その偽家族四人が惨殺されたのですから当然落札者が疑われます。おまけにその落札者が現場から逃げていた。これはもう犯人は決まりと思いますよね、普通。

  物語は、その、現場から逃げたために重要参考人となってしまった落札者が泊まっていた簡易宿舎の主人の娘の高校生が、泣きながら交番に駆け込むところから始まります。実にうまい導入部です。

 
  バブルの頃からでしょうか、素人の私でも「裁判所競売物件」と言うのはしばしば目にしました。安くで土地やマイホームを手に入れられる手段としては魅力的でしたが、当然ながらトラブルも多いという噂であり、実際私の周囲のバブルに踊らされていた人でもさすがにそれに手を付けた人はいなかったと思います。そこに犯罪小説の着想を得た宮部みゆきはさすが。

   そこから息もつかせぬ展開が待ち受けているのですが、何を言ってもネタバレになってしまいますので簡単にまとめますと、この物語は殺人事件のルポと言う形をとった、日本という国における、時には戦前まで遡った、様々な家庭像の提示です。しかもそれを描くことにより宮部みゆきは「家族」という言葉の持つ幻想を冷静にかつ冷酷に突き崩してしまうのです。

  物語の最後に、マンションを手放さざるを得なかった家族の長男が、犯人であった男のことについて尋ねられ、犯人と同じように暮らしていたらもしかしたら僕も同じことをしていたかもしれない、と語る場面はとても印象的。

  彼は犯人と同じ立場なら

僕もおばさんたちを殺したんだろうか


と自問します。もし犯人の幽霊に出会うことがあったら訊いてみたいとさえ言います。

  しかし筆者は彼を突き放します。

(犯人は)彼の求める答えを知っているだろうか。(犯人自身も)知らないのではないか。
だが、いつか未来のどこかで、それも思いの外近い未来のどこかで、ごく普通の人々が、ごく普通に、(彼の)疑問に答えることの出来る時期が来るだろう。それは否応なしに来るのかもしれないし、我々が積極的に求めて到来させるのかもしれない。

(犯人の)亡霊はそのときようやく、成仏することができる。(21 出頭)

 
 
  この作品が書かれたのは1999年、それから20年という月日が経過しています。そして、宮部みゆきの洞察が正しかったことはもう誰も否定できないでしょう。犯人の亡霊は、とうの昔に成仏しているはず。


  社会派宮部みゆきの本領発揮の一冊です。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
Yasuhiro
Yasuhiro さん本が好き!1級(書評数:513 件)

馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8

読んで楽しい:9票
素晴らしい洞察:2票
参考になる:22票
共感した:2票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『理由』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ