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紅い芥子粒
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小説の舞台はバルカン半島の架空の国。語り手のナタリアは、医師としての人生を歩み始めたばかり。戦争が終わり、国境の向こう側の村へボランティアで予防接種に行こうとしている。その道中に、祖父の死を知った。
祖父の死を電話で知らせてきたのは、祖母だった。
祖父は、ナタリアのボランティアを手伝いに行くといって、家を出たという。
そして、国境の向こうの地図にのっていない村の診療所で、亡くなった。
祖父は、不治の病に罹っていた。
その病気のことは、ナタリアだけが知っていた。

祖父は、なぜ妻に嘘をついてまでその村へ行ったのか。
不治の病を抱えていながら……

物語は、ナタリアの”いま”と、祖父の”過去”が交錯して進んでいく。

ナタリアが医学の道に進んだのは、祖父の影響があったからだ。
いちばん古い記憶は、四歳のときのもの。
祖父に手を引かれ、砦の公園にトラを見に行った。
祖父のシャツの胸ポケットからのぞいているのは、「ジャングルブック」の古い本。
白衣を着ていなくても、チッケト売り場の人に「先生」とよばれる祖父。
トラの檻の前で、祖父は、トラが好きで好きでたまらなくて、自分もトラになりそうになった女の子の話をする。
そのとき、トラが飼育員を襲った。
騒動から祖父は目を背けず、幼い孫の目からも流血の大惨事を隠そうとしなかった。

祖父が死んだ村は、ナタリアが予防接種をしている村からほど近かった。
ナタリアは、祖父の死の謎を解くために、その村を訪れる。
それは、最愛の家族にも語らずに逝った祖父の人生の物語を、孫であるナタリアが、組み立て語り直す旅だった。

トラが好きで大好きで、トラの子をはらんでしまったかもしれない、
ろうあの女の子と小さな男の子だった祖父の物語。
祖父の人生のことあるごとに現れる不老不死の男の物語。
祖父の人生に大きな影響を与えた薬屋と、「ジャングルブック」の本の物語。

そのどれもが、遠い昔から語り継がれている伝説のような奇妙な物語だが、
背景には常に戦争があった。

祖父が育った時にも、孫のナタリアが育った時にも、戦争があった。
戦争は、ある日突然の空襲で始まることもあれば、音もなく静かに人々の生活に入りこんでくることもある。
そもそもトラが動物園の檻から出たのは、戦争で飼育放棄されたからだった。

ナタリアが医師となった”いま”、戦争は終わっているというが、深刻な後遺症が人々を苦しめている。
いたるところに埋められている地雷。
貧困と疫病と差別と虐待に苦しめられる子どもたち。
戦争は終わってなどいない。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. noel2022-03-08 14:19

    いまだに戦争は世界各地で起こっています。

  2. 紅い芥子粒2022-03-08 18:15

    noelさん、ほんとうにそうですね。起こっているし、続いているし、終わらない。腹立たしいし、怖ろしいし、ばかばかしいことです。

  3. No Image

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