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ぱせりさん
ぱせり
レビュアー:
エッセイというより、大河小説を読んだような充実感。
(『類』(朝井まかて)を読む前に、この本を読み返しました。
以下は、初読の2014年に書いたものです。)


著者は、鴎外の末っ子、類。
姉・茉莉の離婚にまつわる部分など、姉たちの顰蹙を買って、ごっそり削除されて世に出た本だそうだ。
ひどいところを削ってなお……これである。
しかし、意地悪で書いたわけではない。天真爛漫で正直なのだ。
「あたしたちを一人ずつ俎板の上に連れてきて、好きなように料理されてはたまらないと、二人の姉から毛虫のように忌みきらわれ、今は会うことも許されなくなっている。」
こんなふうにまえがきに書いて、悪びれない、永遠の坊ちゃんのようだ。
身内のこともひどい書きようだけれど、それ以上に、自分自身の書き方がひどい。

「頭に病気のある子が二人いますが、病気のない子では類さんが一番できません」と類の小学校の先生に呼び出されて言われた母・志けは、極度の失望から「死なないかなあ、苦しまずに死なないかなあ」とつぶやいた、というエピソードは強烈だ。
鴎外の悪妻と噂された志け。その噂は本当かどうか、というよりも、呆れるほどに天然な人だったのだろう。正直すぎて憎めない。
次々に出てくる類本人のダメぶりに呆れて、そこまであけすけに書かなくてもいいのに、とはらはらしてしまうが、そこに卑屈な感じはない。なんだか健康的な自己肯定感(?)がある。母同様に、類も天然の人なのかもしれない。

父・鴎外ありし日の親子の暮らしは、深い愛情に守られ、周囲からちやほやされて、眩しいくらいの華やかさだった。
それだけに、父が亡くなった後の母志けを中心にした暮らしは、寂しい。
物質的には、父の遺産・印税のおかげで、庶民と比べれば、そこそこ(いや、相当に)豊かだったのではないか、と思うけれど、後ろ盾もなく、光の当たる場所から影に追いやられたようで、侘しく感じた。

家族の苦労も心痛も、ときどき滑稽に感じるのは、類の筆にこもる、不運や不幸さえ笑い飛ばそうとするユーモアのせいだろうか。
それとも、それぞれがあまりに突出した個性の持ち主だからだろうか。
なんという濃い家族だろう。
彼らの個性(底力)は、父の死後の質素な生活の中でこそ、目を覚まし、輝くようだ。
起きたことが非凡だったわけではなくて、彼らの個性と心のありようが、非凡だったのだと思う。

「出来が悪い」とはとても思えない筆力に(兄姉たちを始め、取り上げられた人々には申し訳ないけれど)読者としては、すごく面白く読んだ。
母・志け。異母兄・於菟。二人の姉・茉莉と杏奴。本人・類をも含めて、それぞれがなんと愛おしい人たちなのだろう。そう思うのも、悪意のない書きぶりのせいだ。
随筆(私小説?)というより、大河小説を読んだような充実感だった。
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ぱせり
ぱせり さん本が好き!免許皆伝(書評数:1742 件)

いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。

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