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Wings to fly
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摩訶不思議な世界の中に描き出された、真なるものの美しさ。
この作品、主人公が湯上りにおしゃれの仕上げを行っている場面から始まるのだが、いきなり「はあ?」っと戸惑う。「爪切りで」まぶたの端に角度をつけるとか、鏡に映ったニキビどもが自分たちの醜さを見て皮膚の下に逃げ込むとか。この不可思議さは、ある時は醜悪に、ある時はロマンチックに、ずっと続いてゆく。

音符のひとつひとつにアルコールやリキュールや香料などを対応させ、演奏するとカクテルを作り出すピアノ。壁にぶつかって潰れてしまうとその場で埋葬される恐ろしいスケート場。凍てついた霜は、青とピンクの蘭の花を萌え出させる。圧倒的に自由な発想で描かれた世界の中で展開する恋愛もまた、陽気な始まり方と悲痛な終幕との変異ぶりが普通じゃない。

容姿にも経済的にも恵まれた人柄の良い青年が、優しく美しい女性と出会い結婚する。ところが、彼女は「肺に睡蓮が咲く」という病気にかかってあっけなく死んでしまう。非常に簡単に言うとそういう話である。「愛とは決して後悔しないこと」みたいな前向きな終わらせ方だってある。だが、作者は反対方向から喪失を描く。

葬儀の場面で、青年はイエスその人に問いかける。

「どうしてクロエは亡くなったのですか」
「その点についてわたしは何の責任もないのだ」
・・・・・・
「どうしてクロエを死なせたのですか」
「あんまりしつこく言うなよ」

イエスは逆に、妻の治療費を払い続けて貧乏になった青年が葬式にお金をかけないことを責め、最後は寝たふりをする。

愛する人を失った者は、みな「どうして?」と問う。「こんな目にあうようなことはしていない」と思う。
だが、いくら考えようとイエスの答え以上のものを見出す事はない。ただ理不尽であり、救いなんか無いのである。主人公を取り巻く世界の様相が妙であればあるほど、彼の悲しみの「真っ当さ」、その「純真さ」が、一直線に私の胸を突くのであった。

もうひと一組のカップルの、自分以外の物に目を奪われた恋人との関係崩壊、その悲劇的な結末にも心を揺すぶられた。そして最後に愛おしさとやるせなさを連れてくるのは、主人公と妻を最後まで支えようとした、小さなペットのねずみなのである。

作者のボリス・ヴィアンさんは、ものすごくシャイな人だったのではないかと思った。真なるものの美しさを普通に書くのが照れくさくて、こんなヘンテコな世界の中に描いてしまったような気がした。


*この書評は、かもめ通信さん主催の #やりなおし世界文学 読書会に参加しています。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2022-07-28 20:49

    作品も書評も、とても楽しいのに、すごく切ない…。

  2. Wings to fly2022-07-29 12:43

    どうしようもなく切ない話でしたね。それに時々ギョッとしました。この作品があまりにインパクトありすぎで、ちょっと次に何を読んだら良いのかわかりません。困った困った。

  3. hacker2022-07-29 17:52

    おやおや、この本を勧めた者としては、責任を感じてしまいます。

    「やりなおし世界文学」のラインナップで、Wings to fly さんが読んでいなさそうな本からとなると、個人的には『脂肪の塊・テリエ館』と『外套・鼻』を推したいです。種類は違いますが、やはりインパクトは強烈です。もし、未読でしたら、頭の片隅にメモしておいてください。

  4. Wings to fly2022-07-29 20:07

    hackerさん、素晴らしい洞察。
    どっちも読んでませんし、読まなきゃいけないリストにも入っていませんでした。
    この作品も「肉体の悪魔」も「エル・スール」も、hackerさんにオススメいただいた作品は、たいへん素晴らしいものでした。ハイ、是非読んでみたいと思います。ありがとうございました!

  5. No Image

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