祐太郎さん
レビュアー:
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単なる出社拒否の寓意ではない。暴力を伴う「ひきこもり」が同居家族を壊していく。
ある朝,グレゴール・ザムザが何か気がかりな夢から目をさますと,自分が寝床の中で一匹の巨大な毒虫に変わっているのを発見した
有名な冒頭、それがカフカの「変身」である。
外交販売の仕事に寝坊したグレコールが毒虫(どうも甲虫らしい)になっていた場面からスタートする。ここから長く続くグレコール視点での描写が生理的にかなり気持ち悪い。全100頁にも満たないのに30年にわたり何度も挫折してきた。
今回、ようやく読了できたわけだが、単なる「毒虫男」の話ではなかった。ましてや「100de名著」で解説された出社拒否のサラリーマンに留まる話ではない。もっと根深い。むしろ、真面目がゆえに精神バランスを崩した(統合失調症なのか双極性障害なのかそのあたりは置いておく)「ひきこもり男性」の話としてみたほうがいい。
父親の破産で窮地に追い込まれたザムザ一家を養ってきたのはグレコールである。単なる販売員からお得意様を回る外交販売員に出世し、歩合制で一家4人(父・母・グレコール・妹のグレーテ)では広いぐらいの部屋を借りている。彼はバイオリンを弾き顔立ちも美しい妹を金のかかる音楽学校に進学させたがっている。しかし、金は稼げる外交販売員の生活の過酷さは毒虫になった直後にグレコール自身が語っているとおりである。ただ、彼を使っている店の支配人が語ったように彼の売上は落ちてきていたようだし、すでに精神バランスを崩し始めていたようすが見て取れる。
そして運命の朝を迎える。「毒虫」が寓意だとするならば、そこにいるグレコールは部屋のの中に居続けるひきこもりそのものである。そして、食事もほとんど摂らなくなる。「毒虫」である以上、風呂も着替えも髭剃りもしない。「むさい男」がごみ部屋にいることになる。「這いまわる」というのは家具などにあたる衝動性の暴力と見て取れないか。
手を付けられないグレコールの存在は、家族を追いつめていくし、彼自身ももがき苦しむ。『ヒキコモリ漂流記』にも通じる何とも言えない感情が読み手を襲う。
最終的に、グレコールは死ぬ(殺される)が、その日、一家はピクニックに行く。そして、グレコールが愛してやまなかったグレーテは美しさを取り戻す。一家の晴れやかな気分というのは『近親殺人: そばにいたから』に出てくる加害家族(実際には被害家族でもある)と同じなのである。もはや常識では手に負えなくなっていた家族の死がもたらす家族の平穏。答えのない絶望感に追い込まれる1冊である。
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片道45分の通勤電車を利用して読書している
アラフィフ世代の3児の父。
★基準
★★★★★:新刊(定価)で買ってでも満足できる本
★★★★:新古書価格・kindleで買ったり、図書館で予約待ちしてでも満足できる本
★★★:100均価格で買ったり図書館で何気なくあって借りるなら満足できる本
★★:どうしても本がないときの時間つぶし程度ならいいのでは?
★:う~ん
★なし:雑誌などの一言書評
※仕事関係の本はすべて★★★で統一します。
プロフィールの画像はうちの末っ子の似顔絵を田中かえが描いたものです。
2024年3月20日更新
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- 出版社:新潮社
- ページ数:121
- ISBN:9784102071014
- 発売日:1987年06月05日
- 価格:340円
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