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ぽんきち
レビュアー:
幼少期に虐げられた子供は、自ら、生まれ直すことができるのか?
表題作は、第133回芥川賞受賞作。他に、短編『蜘蛛の声』を収める。

『土の中の子供』は、冒頭、衝撃的なシーンで始まる。
主人公の「私」は、チンピラの男たちに取り囲まれ、ずたぼろに殴られている。それも自分で好き好んでケンカを売ったのだ。勝算などない。ただ自分を痛めつけようとして男たちに因縁をつけたのだった。
「私」は27歳。タクシー運転手。
同棲している女はいるが、この女もどこかやさぐれている。学生時代に妊娠して中退することになったが、相手は他に女を作って逃げた。それでも産む決心をしたものの、子供は死産だった。それ以来、性的に不感症になっていた。不誠実な男に引っ掛かってばかりで、生活は荒み、酒浸りである。付き合っていた男とケンカをして、部屋をたたき出された後、「私」に拾われるように、一緒に住むようになった。

「私」は深い闇を抱えて、捨て鉢に生きている。そうなっても道理の理由があった。
子供の頃、実の両親に捨てられたのだが、引き取られた先でひどい虐待を受けていたのだ。
物語の中盤を越えたあたりで、養家での暮らしが回想の中で綴られる。
身体的な虐待。精神的な虐待。心を殺さねば生きられないような日々。
その果てに、養親は新聞記事になるような大きな事件を起こす。

表題の『土の中の子供』は、彼が経験した虐待を示している。
養家から逃れるきっかけとなった事件の回想シーンの描写はすさまじく、読む方も息苦しさを感じるほどで、著者の筆力の高さを感じる。
一度、「土の中」を経験した者は、そこから抜け出し、生まれ変わり、生き直すことができるのだろうか。

ある意味、「私」が自身の身体を痛めつけようとするのは、生存を確認する作業のようにも見える。
極限状態を超えたところで、何か別の存在になれるかのような、生まれ変わりの「儀式」のようにも思える。

ラストは希望が覗くようにも見えるが、単純なハッピーエンドではないだろう。
「私」のこれからの人生が屈託なく過ぎるようには思えない。
その屈託を越えて、「私」は人生に何らかの喜びを見出すのか。そうであればよいとは思うけれども、そうである保証はないとも思う。

もう一篇の『蜘蛛の声』は少しシュールな味わいの作品である。
会社を辞め、橋の下で暮らすようになった男。
けれども橋の下に住む蜘蛛は、男が子供の時分からここに住んでいるという。
話を聞いているうちに、男は蜘蛛が正しいような気がしてくる。
揺らぐ自我。襲い掛かる幻覚。
読む者に揺さぶりをかけるような、奇妙な魅力のある小品。



*作中に、血を吸った蚊を叩き潰すところがあるのですが、ここで著者は蚊に対して「彼」という言葉を使っていて、「えー、蚊って血を吸うのはメスだけじゃん?」と少し気になりました。「彼」という言葉に「オス」の意味は乗せてないのかもしれないですけど。というか、気にするのはそこではない気が我ながらしますけれども(^^;)。
    • 私の手持ちのものは表紙がこちらでした。途中で装丁が変わったのかな・・・?
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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