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ことなみ
レビュアー:
書店にふらっと入って、井上荒野さんは読んでないな。と作家開拓で買って来た。「もう切るわ」。津村さんのようなお仕事小説かな。切るのは電話だきっと電話。題名で言いきるのは今度もスカッとするだろう。
車に戻ってやっと裏表紙を読む。「男と女の心の迷路を軽妙にえがく傑作小説」
え!しまった。井上荒野さんの背景をおぼろに知っていたのに。これは苦手分野だ。

と後悔しながら、ワンコインの投資で井上荒野さん研究ができるのだと気を取り直して帰り、読み始めた。
好奇心は身を助ける。

読んでいると、随分に非現実的だと思われる男と女の生々しい心の世界が、次第に身近に感じられるようになってきた。
私もたまに外の男女の世界に目を向けるところもある。こんなことも確かにあるあるかも。
作り話が大好きだけれど少しは現実に近くてもいい。現実離れしたような「四十八滝心中未遂」や「さよなら渓谷」だけが名作ではない。
最後まで読んで井上荒野さんの持ち味の一端を知ることができた。



小暮歳という男がいる。豆腐のような口先だけの男で、豆腐というたとえは、腐るという文字があり食感も似ている。織田作之助の蝶子と柳吉だ。

妻の梢子の家に住み妻の収入があるので、本屋に勤めて店員を妊娠させて流産させ、そこにはいられなくなり、口の上手さで占い師になり、雑誌のコラムを書いたりしている。足が浮いたような暮らし方だが、妻の梢子は挿絵画家で仕事先の編集部にいる西口と付き合っている。が、西口の好意にほだされ夫を見限り、一緒になろうかと思ったりしている。

歳は女に懲りない。葉という愛人がいる。葉は化粧品や健康食品のアンテナショップに勤めているが、歳にどっぷりはまり込んで毎日電話を待っている。

ふたりの間を行ったり来たりしているがどうも胃の具合がよくない。梢子は気を使って食べられそうな料理を作る。なんだかんだ言っても夫婦だ。
葉とは郊外に出かけておでん鍋を買い、おでん種を余るほど買って部屋で楽しく食べるつもりが、葉の喜びに比べて食欲がなく酒を飲んで帰る。

これが前兆で、歳はしぶしぶ医者に行き癌だと判る。
末期だというのに医者の言うことを聞かない。死というものはいくら目前に迫っていてもうかうかとした凡人に実感はないもので、まして歳のように自分だけが頼みで自由気ままに生きていれば、非凡などうしようもない日常ということに身を任せることができない。

手術はしない、民間療法で行く。ホスピスに入りたい、金は画家だった梢子の父が残した絵を売れば間に合う。
死ぬ人間はわがままが効く。死ぬ人だからもう先がないのだから。
梢子も夫の予期しない病気に振り回される。

葉には言うなということで、葉は様子が分からず焦りながら待つ。ここも最低男の見栄だろう。こういうところに惚れた葉は愛と勘違いしている。

どこまで行くのか。焦ってきたころ終わりはやってきて、歳も観念しなくてはならない。
それでも力を振り絞って会った葉に「スイトルト」など方言めかしてまだ甘い言葉を言って帰る。が
もう駄目だというときに作者の筆が冴える。これは様々な死にざまの一つだが、二人の女の世界は歳がいなくなっても、見方によっては緩い暮らしに変わりはない。

歳が消えても生活は回る時間は過ぎていく。


友人だという角田光代さんのあとがきも、彼女がテーマにうろつきながら好意をもって読んだ背景が偲ばれる。面白い締めだった。井上さんをころっと好きになった、機会があればまた読もう、楽しみだ。
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ことなみ
ことなみ さん本が好き!1級(書評数:645 件)

徹夜してでも読みたいという本に出会えるように、網を広げています。
たくさんのいい本に出合えますよう。

読んで楽しい:5票
参考になる:28票
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