マーブルさん
レビュアー:
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両手のなる音は知る。片手のなる音はいかに。
バナナフィッシュを知っているか。
最初は普通の魚だが、
バナナがどっさりの穴に入ると
豚のように行儀が悪くなる。
どんどんどんどんバナナを平らげて、
肥ってしまって二度と穴の外には出られなくなる。
あとは死んでしまうんだ。
中には78本も殺…平らげた奴もいる。
戦争で傷ついた心をどう扱っていいものか。
誰しもが変わってしまう戦争。
初めは普通の奴にすぎないのに。
戦争が悪いのか。人間はそうしたものなのか。
人間は、この世界は、美しく、善良で、優しくなれるのに、
人間も、この世界も、汚くて、邪悪で、冷たくもなれる。
心を許せるのは子どもだけだ。
大人は恐ろしく、無遠慮だ。
自分はどっちだ。
汚辱の中で愛を叫ぶ。
あるいは、
愛を求めながら汚泥の中でもがく。
大人になったホールデンはいかに生くべきか。
他人との間に壁を作り、
積み上げた積み木を自ら崩す。
背伸びする子ども。
悪ふざけする大人。
数々書き記した作品の中から選んだ9作品。そこにどんな意味が在るのか。
何故9なのか。そこには別に意味はないのか。単なる思いつきか。
理解しにくい。理解されようと思っていない。
本当は分かって欲しいのに。素直になれない。
『ライ麦畑』に対する称賛と拒絶の激しさは、本人の望むところではなかったのではないか。驚き、とまどい、怖れ、皮肉り、拒絶する。
だが、本当は理解して欲しいのではないか。
『ライ麦畑』も手放しで称賛する気にはなれない。
初めて読んだ高校時代にはとても反発を抱いたものだ。
どちらかと言うと優等生的に生きてきていた私は、この悲劇ぶった、素直でない、それでいて強がりつつも甘ったれた少年にまったく共感できなかった。
今でも好きになれないことは変わりない。
しかし、この秘密めいて隠しながら、それでいて開けて欲しがっている心の引き出しを、抉じ開けることに面白みを見出してしまっている。
そのストーリー。その台詞。
ふざけた行動。唐突に思える象徴。見逃しそうな欠片。
それらが現そうとしているものは何だろう。
戦争で抱えた痛み。それをどう捉え、どう表現するか。
作家として、また一人の人間として。
この短編集を編むにあたり、サリンジャーは巻頭に有名な禅の公案「隻手の声」を挙げている。苦しみの中、答えを求めたのは禅の道ということか。愛と汚辱という人間の持つふたつの矛盾したものを包み込み、昇華するには西洋的な考えは不足だったのか。単に目の前以外のものにすがりたかったのか。
他の同様の作家たちと比較したくもなるが、さらに興味が湧くのは日本人作家の態度だ。
これまでそのような視点で小説を読んだことがなかったが、戦争の悲惨さは洋の東西を問わない。その苦しみ方の相違、結末の付け方の違いを比べてみることは、両者の違いを知る大きなヒントとなる気がする。
サリンジャーは隻手の声が聞こえたのか、否か。
【読了日2021年6月14日】
最初は普通の魚だが、
バナナがどっさりの穴に入ると
豚のように行儀が悪くなる。
どんどんどんどんバナナを平らげて、
肥ってしまって二度と穴の外には出られなくなる。
あとは死んでしまうんだ。
中には78本も殺…平らげた奴もいる。
戦争で傷ついた心をどう扱っていいものか。
誰しもが変わってしまう戦争。
初めは普通の奴にすぎないのに。
戦争が悪いのか。人間はそうしたものなのか。
人間は、この世界は、美しく、善良で、優しくなれるのに、
人間も、この世界も、汚くて、邪悪で、冷たくもなれる。
心を許せるのは子どもだけだ。
大人は恐ろしく、無遠慮だ。
自分はどっちだ。
汚辱の中で愛を叫ぶ。
あるいは、
愛を求めながら汚泥の中でもがく。
大人になったホールデンはいかに生くべきか。
他人との間に壁を作り、
積み上げた積み木を自ら崩す。
背伸びする子ども。
悪ふざけする大人。
数々書き記した作品の中から選んだ9作品。そこにどんな意味が在るのか。
何故9なのか。そこには別に意味はないのか。単なる思いつきか。
理解しにくい。理解されようと思っていない。
本当は分かって欲しいのに。素直になれない。
『ライ麦畑』に対する称賛と拒絶の激しさは、本人の望むところではなかったのではないか。驚き、とまどい、怖れ、皮肉り、拒絶する。
だが、本当は理解して欲しいのではないか。
『ライ麦畑』も手放しで称賛する気にはなれない。
初めて読んだ高校時代にはとても反発を抱いたものだ。
どちらかと言うと優等生的に生きてきていた私は、この悲劇ぶった、素直でない、それでいて強がりつつも甘ったれた少年にまったく共感できなかった。
今でも好きになれないことは変わりない。
しかし、この秘密めいて隠しながら、それでいて開けて欲しがっている心の引き出しを、抉じ開けることに面白みを見出してしまっている。
そのストーリー。その台詞。
ふざけた行動。唐突に思える象徴。見逃しそうな欠片。
それらが現そうとしているものは何だろう。
戦争で抱えた痛み。それをどう捉え、どう表現するか。
作家として、また一人の人間として。
この短編集を編むにあたり、サリンジャーは巻頭に有名な禅の公案「隻手の声」を挙げている。苦しみの中、答えを求めたのは禅の道ということか。愛と汚辱という人間の持つふたつの矛盾したものを包み込み、昇華するには西洋的な考えは不足だったのか。単に目の前以外のものにすがりたかったのか。
他の同様の作家たちと比較したくもなるが、さらに興味が湧くのは日本人作家の態度だ。
これまでそのような視点で小説を読んだことがなかったが、戦争の悲惨さは洋の東西を問わない。その苦しみ方の相違、結末の付け方の違いを比べてみることは、両者の違いを知る大きなヒントとなる気がする。
サリンジャーは隻手の声が聞こえたのか、否か。
【読了日2021年6月14日】
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文学作品、ミステリ、SF、時代小説とあまりジャンルにこだわらずに読んでいますが、最近のものより古い作品を選びがちです。
2019年以降、小説の比率が下がって、半分ぐらいは学術的な本を読むようになりました。哲学、心理学、文化人類学、民俗学、生物学、科学、数学、歴史等々こちらもジャンルを絞りきれません。おまけに読む速度も落ちる一方です。
2022年献本以外、評価の星をつけるのをやめることにしました。自身いくつをつけるか迷うことも多く、また評価基準は人それぞれ、良さは書評の内容でご判断いただければと思います。
プロフィール画像は自作の切り絵です。不定期に替えていきます。飽きっぽくてすみません。
この書評へのコメント
- マーブル2021-06-19 15:21
サリンジャーを主人公にした映画があったんですね。さっそく観てみました。
サリンジャーの苦しみや孤独を描きながらも逆に彼のわがままや頑固さなども描けてあり、公平な視点で描かれていることに好感を持ちました。崇拝者の視点でもなく、ゴシップでもなく。
ケヴィン・スペイシーもいいです。
多少ネタバレですが、よろしければ映画の感想を書いてみましたのでお読みになり、あるいは映画をご覧になって語り合えると嬉しいです。
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