ゆうちゃんさん
レビュアー:
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両親にドイツから追い出されたカールはアメリカで成功した伯父の元に身を寄せる。しかし、カールに何の落ち度もないまま、彼は失業者へと落ちぶれて行く。カフカの長編の中では主人公に実体性のある最も具体的な物語
「審判(訴訟)」、「城」と並ぶ孤独三部作のひとつと言われているが、「審判(訴訟)」、「城」ほど知名度は高くないかもしれない。
主人公カール・ロスマンは、ドイツで女中を妊娠させたために両親によってアメリカに厄介払いされた。頼るべきは、上院議員で運輸業を営む伯父エドワード・ヤーコブだった。同室の馴染みにトランクを見ていてもらい、船に忘れ物の傘を取りに戻ったカールは、稀にみる幸運により船長を訪ねていたヤーコブ伯父に出会った。そのままニューヨークの伯父の屋敷で暮らし、ピアノと英語、乗馬を習う。乗馬教習所ではマック何とかという金持ちの息子と知り合う。
彼の英語が上達した頃に、伯父の知り合いポランダー氏とグリーン氏との晩餐に同席させられた。そこでカールはポランダー氏に気に入られ、ニューヨーク近郊の田舎屋敷に招待されるのだが、伯父はどうもそれが気に入らない様子だった。翌日、何の予告も無しにポランダー氏がカールを迎えに来るのだが、伯父はポランダーの家に行くことに反対する。カールは反対を押しきってポランダー家に行くがそこにはグリーン氏も待ち構えていた。晩餐の後、ポランダー氏とグリーン氏は商談があるらしく、カールはポランダー氏の娘クララの部屋に呼ばれる。だがクララの意向に逆らって自分が泊る予定の部屋に入り込むとそこでクララと喧嘩になった。カールはこんな屋敷に居たくないと伯父の屋敷に帰ろうとし、結局食堂に戻った。そこで、グリーン氏から「大事な手紙を預かっているから、夜半にまた会おう」と言われる。いったんクララの部屋に行き、そこでピアノを弾くのだが、隣室ではクララの婚約者マックがいて、たどたどしいカールの演奏に拍手する。食堂に戻り夜半にグリーン氏が見せた手紙は伯父からの決別状で「自分の意向に逆らってポランダー邸を訪問したのだからもうカールとは絶縁する」と言う内容だった。もしカールが今夜屋敷に戻っていれば伯父との決別はなかったかもしれない。グリーン氏がわざわざ夜半に手紙を渡すのは伯父の指示だったが、カールは罠をかけるような行為だと抗議した。グリーン氏は、カールが下船の時に失くしていたトランクと傘を持ち出してポランダー家からカールを追い出してしまった。
カールが手近な安宿に強引に泊り込むと青年ふたりが寝る部屋に案内された。彼らは後でドラマルシュとロビンソンとわかる。翌朝、彼らがバターフィールドに仕事を求めに行くと言うのでカールは同行することにした。しかし彼らも一文無しでカールに食事代を持たせようとする。バターフィールドに向かう途中に夜になり、丘で野宿することにした。唯一金を持っているカールが、その丘から見えるホテル・オクシデンタルに食料を買いに行くとカールはそこのコック長に気に入られエレベーター・ボーイとして採用したいと言われる。ドラマルシュとロビンソンのところに戻るとトランクが勝手に開けられ両親の写真が消えていた。カールはふたりの不誠実に呆れてホテルに就職する決心がついた。
ホテルではテレーゼというコック長の秘書と親しくなり、2カ月働いたが、ある晩酔っ払ったロビンソンが来て、彼が引き起こしたトラブルによってカールは首になってしまった。コック長が同情して、給金を預かってくれ、ブレンナーの下宿屋への紹介状を書いてくれた。しかし、カールはロビンソンの奸計でブルネルダと言う女の歌手と一緒に暮らし始めたドラマルシュのアパートに連れ込まれてしまう。ロビンソンは、ドラマルシュとブルネルダによって彼らの召使とされてしまい、普段は高層アパートのバルコンで暮らしているのだが、カールという身代わりができたと喜ぶ。これは強制労働だ。カールはこのアメリカで奴隷のような人間の使い方ができるのだろうかと自分の陥った状況を信じることができなかった。
「審判」も「城」も読んだことはあるが、これらの作品に比較して本書は描かれる出来事が具体的でテンポよく筋書きが運ぶ作品と言える。あくまでもカフカの中での比較論だが読みやすい。何よりも主人公に名前と性格がある点が特徴的である。話そのものは、おかしな点はないのだが、やはりカフカだけあって、何が言いたいのかわからない部分は多々ある。傘を取りに戻ったカールは船の中をさまよい火夫に出会う(この第一章は短編「火夫」と言う独立した作品として発表された)。火夫は、待遇が不満でカールと一緒に船長の元に行くのだが彼の問題は解決されないままカールは船長を訪ねた伯父と下船してしまう。その船の中は迷路の様で、その迷路のような場所はポランダー邸も一緒である。おまけにポランダー邸は食堂しか電気が引かれておらず、廊下には燭台を持った召使が一定間隔で並んでいる。
高層からの眺めもしばしば登場する。伯父の屋敷からの眺め、野宿しようとした丘からの眺め、ドラマルシュの住むアパートからの眺め。町を俯瞰する情景は何を意味するのだろうか。
トランクと傘も謎である。最初に登場し、次にグリーン氏に押し付けられ、ホテル・オクシデンタルで働いている間は手元に確保しているが、ホテルを追い出された後は登場しない(後半、両親のことも思い出さなくなるので、故郷を思う気持ちを表したものかもしれない)。
忙しそうに働く人が並んでいる場面も繰り返し登場する。船の炊事場、伯父の事業場、ホテルの門衛、道路に列を作って動く車たち。エレベーター・ボーイになって以降は、カールがいかに働くかが彼の関心事となる。最初に火夫の労働の待遇が話題になるが、それは本書のテーマの一つだったのではないかと思われる。
カールには何の落ち度もないのに、話が進むにつれてカールは落ちぶれて行く。後半は、人間に囲まれながらも異邦人のまま孤独に職を得ようとするカールの努力の話とみることができる。本書は彼が新たな職を得てアメリカのオクラホマに向かう場面で終わっている。
「審判」も「城」も未完成であるし、本書も第七章と八章(最終章)の間に何等かの欠落があることは確かであり、明らかに未完成である。
この小説には、すっきりしない点はあるのだが、想像力を刺激する面もある。カフカの生前に出版された中編「変身」はそれなりに分かり易い暗喩が用いられて不条理を表している。本書も、何か暗喩があるように思えるのだが、それが何かは自分にはすべて解明できなかったし、鋭い人はいろいろな解釈をしている筈である。ただ、「変身」と「審判」、「城」そして本書の違いは出版されない予定で執筆された点である(カフカが遺言で焼却するようにと言ったはずが、友人は出版に持ち込んでくれた)。それが「孤独の三部作」の「難しさ」の理由のひとつかもしれない。
主人公カール・ロスマンは、ドイツで女中を妊娠させたために両親によってアメリカに厄介払いされた。頼るべきは、上院議員で運輸業を営む伯父エドワード・ヤーコブだった。同室の馴染みにトランクを見ていてもらい、船に忘れ物の傘を取りに戻ったカールは、稀にみる幸運により船長を訪ねていたヤーコブ伯父に出会った。そのままニューヨークの伯父の屋敷で暮らし、ピアノと英語、乗馬を習う。乗馬教習所ではマック何とかという金持ちの息子と知り合う。
彼の英語が上達した頃に、伯父の知り合いポランダー氏とグリーン氏との晩餐に同席させられた。そこでカールはポランダー氏に気に入られ、ニューヨーク近郊の田舎屋敷に招待されるのだが、伯父はどうもそれが気に入らない様子だった。翌日、何の予告も無しにポランダー氏がカールを迎えに来るのだが、伯父はポランダーの家に行くことに反対する。カールは反対を押しきってポランダー家に行くがそこにはグリーン氏も待ち構えていた。晩餐の後、ポランダー氏とグリーン氏は商談があるらしく、カールはポランダー氏の娘クララの部屋に呼ばれる。だがクララの意向に逆らって自分が泊る予定の部屋に入り込むとそこでクララと喧嘩になった。カールはこんな屋敷に居たくないと伯父の屋敷に帰ろうとし、結局食堂に戻った。そこで、グリーン氏から「大事な手紙を預かっているから、夜半にまた会おう」と言われる。いったんクララの部屋に行き、そこでピアノを弾くのだが、隣室ではクララの婚約者マックがいて、たどたどしいカールの演奏に拍手する。食堂に戻り夜半にグリーン氏が見せた手紙は伯父からの決別状で「自分の意向に逆らってポランダー邸を訪問したのだからもうカールとは絶縁する」と言う内容だった。もしカールが今夜屋敷に戻っていれば伯父との決別はなかったかもしれない。グリーン氏がわざわざ夜半に手紙を渡すのは伯父の指示だったが、カールは罠をかけるような行為だと抗議した。グリーン氏は、カールが下船の時に失くしていたトランクと傘を持ち出してポランダー家からカールを追い出してしまった。
カールが手近な安宿に強引に泊り込むと青年ふたりが寝る部屋に案内された。彼らは後でドラマルシュとロビンソンとわかる。翌朝、彼らがバターフィールドに仕事を求めに行くと言うのでカールは同行することにした。しかし彼らも一文無しでカールに食事代を持たせようとする。バターフィールドに向かう途中に夜になり、丘で野宿することにした。唯一金を持っているカールが、その丘から見えるホテル・オクシデンタルに食料を買いに行くとカールはそこのコック長に気に入られエレベーター・ボーイとして採用したいと言われる。ドラマルシュとロビンソンのところに戻るとトランクが勝手に開けられ両親の写真が消えていた。カールはふたりの不誠実に呆れてホテルに就職する決心がついた。
ホテルではテレーゼというコック長の秘書と親しくなり、2カ月働いたが、ある晩酔っ払ったロビンソンが来て、彼が引き起こしたトラブルによってカールは首になってしまった。コック長が同情して、給金を預かってくれ、ブレンナーの下宿屋への紹介状を書いてくれた。しかし、カールはロビンソンの奸計でブルネルダと言う女の歌手と一緒に暮らし始めたドラマルシュのアパートに連れ込まれてしまう。ロビンソンは、ドラマルシュとブルネルダによって彼らの召使とされてしまい、普段は高層アパートのバルコンで暮らしているのだが、カールという身代わりができたと喜ぶ。これは強制労働だ。カールはこのアメリカで奴隷のような人間の使い方ができるのだろうかと自分の陥った状況を信じることができなかった。
「審判」も「城」も読んだことはあるが、これらの作品に比較して本書は描かれる出来事が具体的でテンポよく筋書きが運ぶ作品と言える。あくまでもカフカの中での比較論だが読みやすい。何よりも主人公に名前と性格がある点が特徴的である。話そのものは、おかしな点はないのだが、やはりカフカだけあって、何が言いたいのかわからない部分は多々ある。傘を取りに戻ったカールは船の中をさまよい火夫に出会う(この第一章は短編「火夫」と言う独立した作品として発表された)。火夫は、待遇が不満でカールと一緒に船長の元に行くのだが彼の問題は解決されないままカールは船長を訪ねた伯父と下船してしまう。その船の中は迷路の様で、その迷路のような場所はポランダー邸も一緒である。おまけにポランダー邸は食堂しか電気が引かれておらず、廊下には燭台を持った召使が一定間隔で並んでいる。
高層からの眺めもしばしば登場する。伯父の屋敷からの眺め、野宿しようとした丘からの眺め、ドラマルシュの住むアパートからの眺め。町を俯瞰する情景は何を意味するのだろうか。
トランクと傘も謎である。最初に登場し、次にグリーン氏に押し付けられ、ホテル・オクシデンタルで働いている間は手元に確保しているが、ホテルを追い出された後は登場しない(後半、両親のことも思い出さなくなるので、故郷を思う気持ちを表したものかもしれない)。
忙しそうに働く人が並んでいる場面も繰り返し登場する。船の炊事場、伯父の事業場、ホテルの門衛、道路に列を作って動く車たち。エレベーター・ボーイになって以降は、カールがいかに働くかが彼の関心事となる。最初に火夫の労働の待遇が話題になるが、それは本書のテーマの一つだったのではないかと思われる。
「どんな職場だったら君は向いていると思うかね」と聞かれた(431頁)。カールは「才能あるかどうかわからないが、しっかり努力をしたい」と答えた(432頁)。
カールには何の落ち度もないのに、話が進むにつれてカールは落ちぶれて行く。後半は、人間に囲まれながらも異邦人のまま孤独に職を得ようとするカールの努力の話とみることができる。本書は彼が新たな職を得てアメリカのオクラホマに向かう場面で終わっている。
「審判」も「城」も未完成であるし、本書も第七章と八章(最終章)の間に何等かの欠落があることは確かであり、明らかに未完成である。
この小説には、すっきりしない点はあるのだが、想像力を刺激する面もある。カフカの生前に出版された中編「変身」はそれなりに分かり易い暗喩が用いられて不条理を表している。本書も、何か暗喩があるように思えるのだが、それが何かは自分にはすべて解明できなかったし、鋭い人はいろいろな解釈をしている筈である。ただ、「変身」と「審判」、「城」そして本書の違いは出版されない予定で執筆された点である(カフカが遺言で焼却するようにと言ったはずが、友人は出版に持ち込んでくれた)。それが「孤独の三部作」の「難しさ」の理由のひとつかもしれない。
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神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
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- 出版社:角川書店
- ページ数:436
- ISBN:9784042083054
- 発売日:1972年01月01日
- 価格:740円
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