著者はアメリカを飛行機で横断した際、「痛恨のミスを犯したと気づいた」という。「いつか車で地べたを這うようにして、自分が逃していった場所をひとつでも取り返さなければ」と思うようになったとあとがきにある。この本にはそんな著者が広大なアメリカの大地とそこに点在する小さな町を車を走らせ巡っていく旅が記されている。
車でアメリカ大陸を横断し、途中スモールタウンばかりに立ち寄る旅というのは、日本での自動車旅行とは全く違う、まるで途方もない様子だ。何時間も走っても変わらない風景、広大な砂漠、夜道で大量にぶつかってくる蛍の群れ。そんな日本では想像しにくいようなスケールの何もない荒野を超えた先にある、人口数百人から三千人程の規模しかないスモールタウン。大都市から切り離され時代に取り残され忘れられたような町、あるいは酪農や養殖が盛んだったり、町おこしになるものを住人が見つけたり、小さいながらそれぞれに印象的な町で、それぞれの人生を生きる人々と出会う。
著者の視点からみた出会った人々の様子や町の雰囲気がとてもいい。私は特に髪を切るカウボーイや、キャシーズ・カフェの美味しそうな様子や店主の素晴らしさ、ナマズのフライミックスの販売元のスプーキー、マウンテン・ビューの音楽、ホテル・ブルックリンと主の老婦人が印象に残った。あまり詳しく書いてしまうと何てことのないような感じになってしまうかもしれないので、詳細をまとめることが憚られる。それぞれの人物がそれぞれの場所で真摯に生きていることが静かに伝わってくる、いい文章なのだ。
この本に書かれた旅は1995〜1997年頃だろうと巻末の宮里祐人の解説にある。まだインターネットもスマホも普及していない時代。赤いキャップを被った人々が熱狂するよりずっと前の時代。
この時代のこんな町ならば訪れてみたかった。もちろん今のアメリカのスモールタウンを訪れても、この本の中に登場するような誠実に生きる人々にきっと出会えることだろう。でもやっぱり、この時代のようなおおらかさやあたたかさみたいなものは失われているような気がする。
この本に記された、遠い地で生きた人々の人生と旅人の邂逅。激動の歴史に埋もれてしまうような些細な営みが美しく感じられた。そして日々を生きる誰しも、きっとどこにいて何をしていても、こんなふうに誠実に生きることができるんじゃないだろうかと思えた。ほんとは人は誰しも、こんな気さくさや優しさや静けさやひたむきさを秘めているんじゃないだろうか。読み終えて旅にも出たくなるし、いつもの日常を大事に生きたいとも思えたのだった。
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