啾々(しゅうしゅう)とは、小声でしくしくと悲しげに泣く様子であり、鬼哭啾々という四字熟語があるという。幽霊が泣き叫び、恐ろしいほどの凄まじい様子を表わす。その熟語に似た本書のタイトルは、登場する兵法者たちの生き様を表わすにふさわしい。
強くなることだけを目指し、己を鍛える。士官すらせず、ひたすら勝つことを求めて、戦いを続ける。立ち合いはまさに真剣勝負。敗北は、すなわち死を意味する。
頭は月代も伸び放題の茶筅髪。ボロボロの小袖はひどい匂いを発している。酒も飲まず、女も求めぬ。人生を強くなることだけに捧げ、生きている。たった一度の敗北で命を落とすかもしれぬのに。
江戸の世が始まったばかりの頃はまだよかった。戦国時代の香りが、いまだ濃く残り、武芸を重んじる風潮が残っていた。が、平和が長く続き、武士たちにも武芸以外の才覚が求められるようになり、強さによっての立身出世の道も狭まってくると、その存在は奇異でしかなくなる。
何のため、自らを苛むのか。何のために戦うのか。一派を成し、弟子を取り、他流試合を禁じた大看板の流派の者達は、変わりゆく時代の流れにうまく乗ったのかもしれない。ここから零れ落ち、最強の名声すら手にすること叶わなかった者たち。
西洋の騎士たちとの違いに思い至る。名誉と神のため戦う彼らは、サムライたちとは、似ているようでやはり異なる。鎧もつけず、即致命傷を与えかねない鋭利な刀を交えて、どちらかが倒れるまで戦う姿は、彼ら騎士たちには異様に映るのではないか。
本文庫に収められた兵法者たちの目的や、その結果は様々だが、全編に漂う非情感は共通している。正々堂々と立ち合いを求めるだけでなく、勝つために相手の弱みを探し、つけ込む。あるいは勝負を避ける相手の気持ちを動かすため、汚いと思われる手でも使う。そして、多くの結末が、さらに一捻りを加えたものとなっているところが、まさに笹沢流と言えるかもしれない。
笹沢佐保の時代小説と言えば、木枯し紋次郎シリーズが有名で、何冊か読んだことがあるが、あれとはまた違った良さがある。耳にしたこともない武芸者たちの物語は、戦う双方のどちらかを身びいきしたくなるような安易な思いを撥ねつけるような厳しさがある。
女性の扱いなど、昭和を感じさせる部分も多くあるが、最後の最後に「うえっ」と唸ってしまう面白さは、期待せずに手に取っただけに拾いものをした気分。笹沢の描く宮本武蔵にも興味が湧いたが、全15巻となるとちょっと手が出しにくい。一部だけ読んでも楽しいかもしれない。
【読了日2026年4月10日】
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