タイトルに惹かれて読んでみました。最近、自虐的なネタを、面白おかしく書くエッセーに当たることがあり、申し訳ないと思いつつもひっそり楽しんでしまうのです。精神的に追い込まれている話を読むと、自分はまだ大丈夫という安心感を得ることがあって、趣味が悪いとは承知しつつも、隠れたヒットになっている気がします。きっと同じように思う人が、結構な人数でいるのでしょう。
題名と書誌情報からこの本からもそんな香りがして、つい手に取ってしまいました。しかし、読み始めて早い段階で違和感が生じたのです。書いてあるテーマは、女性の立場の弱さや、ルッキズムの存在、家庭での女性の役割的な古い価値観など、旧態依然とした固定観念に対する批判なので、自分も興味があるのです。わたしは差別は嫌いですし、差別には女性というカテゴリー以外にも、様々な形で社会には存在していると思っていますので。
最初の引っ掛かりは、三本目のエッセーで発生しました。全二十七本あるので、かなり早い段階です。婚活と記号という話です。〇〇社の若手女子社員というのは、合コンでありがたがられる記号だったと著者は言います。客室乗務員や女子アナとかには及ばないけれど、記号が必要な飲み会には頭数で動員されることがあったそうです。
まあ、よくある話です。あるときは高めの飲食店だったり、タワマンの一室での金のある男たちとの飲み会だったりです。ところが著者は、さんざん金を使わせておいて、どうせわたしは記号だからと途中でばっくれたり、マッチングアプリで自分のブランド力を利用して起業家を名乗る若い男と会ったりしています。ちょっと気になって、Web検索したのが追い打ちをかけましたね。ガンガンに顔出しをする人でした。
これは自信がないとできないことでありつつも、芸能人レベルではないものの、えーっ、そんなことないよお、めっちゃ美人じゃんとか言われたがっているオーラをびしばしに感じてしまったのです。いくらなんでも記号だけで金持ち合コンに行けるはずはないので、調べてみたらやっぱりという感じであり、他人を利用してやろうという著者の下衆な根性が伝わってしまったのです。しかも、そんなのブサイク男のひがみじゃんとか、言いそうなんですよね。
しかも、金持ち男たちとの合コンでやってやった感のあるコメントが、打算的というか、相手に対する敬意のかけらもないところが、著者の人間性を伝えています。いくら金持ち男をよく思っていなくても、相手に対して○〇社の女子というブランドが欲しかったのでしょと決めつける態度は失礼でしょう。問題は、著者が失礼だと気付いてすらいなさそうなんですよね。
頑張らなくてもいいよというメンタル系の本に対する揶揄や、東京と地方の〇×的な対決思想に対する揶揄に対しては、自分の考えに重なるところがあったので、こんな打算的な人と一緒の考えなのかと思うと自分も身勝手な考えをしていないか不安が生じ、恥ずかしい気持ちにさえなりました。著者は、自分は優れていると思える位置にいないと不安で頑張りすぎてしまうのが欠点だと言います。そのくせ、会社3日、ライター4日の勤務で会社に甘えておきながら、どちらも中途半端で不安でなどという態度を取ります。これも、大丈夫、助かっているよ、あなたは充分やれているよとでも言ってもらいたいんでしょうね。
わたしの目には、とんでもない甘ったれだと映りました。自己満足ばかりで、周りに迷惑をかけている度合いがひどいです。なんとなく気づいているふしもありますが、結局は自分のせいだということまでに考えが至っていないのでしょう。
それっぽいことがたくさん書いてあるので、つい騙されそうになる一冊でした。しかし、読んでよかったと思う人はいそうで、それなりによさげなことは書いてあるんですよね。
単純に、著者と合いませんでした。わたしには、著者の冷たさや身勝手さが受け入れられるレベルを超えていたということです。

- 掲載日:2026/04/14
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