『日乗』シリーズの2冊目。文庫の初版は2022年5月(西村さんが亡くなられたのは同年2月)。オリジナルの単行本は2013年12月<KADOKAWA>より刊行。2012年5月28日から2013年5月20日の日記となる。
喜怒哀楽のどの感情に向かっても真っ直ぐで強靭な西村さん。自己批判もするが他者への批判も手厳しい。『苦役列車』の映画化に関しても愚作であると繰り返す。たとえ自分の原作でも(あるいはそれだからか)、映画自体を自分の感性で否定する、そんな潔さが西村さんにはある。原作と映画は離れるべきで本作は近すぎるとも述べられている。
また、西村さんが映画を否定した事で勘違いをする輩が出て来ているのにも苦言。「私小説を娯楽作品に転化した」という意見には、私小説は娯楽作品であると正論。そもそも、映画を評価する人が居ても、内容が正鵠を得ているなら自分と考えが違うだけで、その意見を否定したりはしない。
しかし、ある日の日記で映画『苦役列車』への苦言は一種のネガティヴ・キャンペーン(宣伝協力活動)を兼ねているとも。原作者が否定する事で興味を持たれて集客に繋がれば自分の利益にもなると言う。心底駄作だと思うし、褒めたたえるだけでは芸が無いという思いの、反転した意識と思われる。
西村さんと『苦役列車』にまつわる話で、真っ直ぐな感情の持ち主である事を思わせるエピソードがさらにある。「映画が公開されたら必ず観ます」と言ってくれる人は「エチケット」から言っているとして、自分も元々エチケットは弁えるタイプだからと、“凡作”に金を使わせる訳にいかないと、チケットを購入したという由。
担当編集者を「クビ宣言」しても納得いく対応を受ければ和解する。というクビ→和解が終わって2週間ぐらいして再びクビ→和解のケースもある。お決まりのパターンみたいだが、これも「憤怒の章」とあるように一度に噴き出す怒りの量が激しいが、不合理に相手を突き放さない優しさモードで元の鞘に収める西村さんらしさだろう。
漢字の使い方なども目から鱗が落ちるような事がある。今回で言えば「エアコンが利く」という漢字。「効く」と書いてしまいそうだが、念の為調べて見たら「エアコンを利用する・機能させる」というニュアンスだから「利く」が正しいそうである。また、自分の住まいを「室」と書かれている。「室」は「家の中の部屋」のイメージが浮かぶが、「人の住む家」という意味も上げられている。マンションにお住いだったらしいが、「自宅」と書くより「室」の方がより雰囲気が醸し出されて「小説的」な感じがする。
私小説的な言葉だけでなく新しい言葉も登場する。「やおい映画」というもの。調べてみたら、「山場なし・落ちなし・意味なし」の頭文字のようだ。ボーイズラブの先駆けの作品を表すらしい。もうひとつ「やおい」は広島弁で「やわらかい」という意味があり、こちらでもおかしくない。ただし、西村さんは東京出身でいきなりの広島弁はおかしいだろうが。
それにしても、相変わらずの大食漢&酒豪ぶり(誇張している風ではあるが)。連日の不規則な生活(逆に規則的か)。時々「体調悪し」など書いてあるのも今思えば切ない。
ビートたけしの番組に出演して、打ち上げに参加した夜の情景は印象的だ。たけしさんを尊敬する素直な気持ちが描写を通じて伝わってくる。反対に某講演会では、先方からの一方的な上から目線の発言に怒りと言うより呆れた思いを抱く。西村さんの不必要に媚びない姿勢は味方も作り敵も作る。矢沢永吉さんが「5人の友が出来れば5人の敵が出来る」みたいな発言をされていたのが記憶にあるが、いわゆるクセが強いと思われるほどに強い意思を持つ人はそういうものかも知れない。
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