darklyさん
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表面上はミステリーのようだが、実は純文学にかなり近い作品。物語の最後の場面の切れ味が抜群であり、「さよなら渓谷」という題名と共に鮮やかな印象を残す。

この小説はジャンルとしてはミステリーなのかもしれませんが、ミステリー部分はほぼ本筋ではありませんので、ネタバレ全開での書評となります。したがって未読で今から読まれようとする方は拙評を読まれないことをお薦めします。
尾崎俊介とかなこが住む家の隣に立花里美と息子の萌が住んでいた。ある日萌が行方不明となり、その後渓谷で遺体となって発見される。警察は息子の失踪当日の供述の矛盾から里美を疑った。逮捕された里美は事件については語らないが尾崎と男女関係があったということを仄めかす。
尾崎も事件に関係があると睨んだ警察は任意の取り調べで追及するが、尾崎は完全に否定する。ところがかなこが里美と尾崎に関係があったと思うという証言をした途端、不自然にも尾崎は里美との関係を否定しなくなった。
記者の渡辺はこの事件を取材する中で尾崎とかなこの関係を知ることになり、事件よりもその関係に深く関心を抱くことになる。奇妙な尾崎とかなことの関係、それはレイプ事件の加害者と被害者だったのだ。
吉田修一さんの小説は数作品しか読んでいませんが、本作品は「悪人」と同じ共通する問題意識があり、それは「なぜ世間というものはステレオタイプな反応しかしないのだろう」というものです。
犯罪に対して一刀両断、例えば殺人犯=極悪人であり我々とは全く違う人間なのだと整理し向こう岸に渡った犯罪者を対岸で眺めながら自分は幸せであると小市民的な幸福を味わう。それはもしかしたら配偶者、家庭、仕事、社会等にがんじがらめにされ自らが幸福である自覚も得られず他人の境遇と比較することによってのみ幸福を実感できるということの表れなのかもしれません。
事件を取材する渡辺はまさにこの立場であり世間を代弁します。妻との関係に行き詰る中で理解できない尾崎とかなこの関係が取材を超えて気になります。渡辺の心を本能的にざわつかせるのは(悪人であって欲しい)尾崎は悪人ではなく、本来なら尾崎を殺したいと思うほど憎んでいるはずの(憎んでいて欲しい)かなこが尾崎と一緒に住んでいるということです。
レイプという犯罪において加害者と被害者は世間から見ればどちらも差別対象になりうる存在であり、それを知られずに生活することは容易ではありません。常に怯えながら生きていく中で皮肉にも唯一それを気にする必要がない存在が加害者と被害者同士です。もちろん加害者と被害者の間にはとても高い確執という壁が存在します。しかしその壁を加害者の真摯な心により乗り越えることができたならばそこには真のやすらぎが存在するのかもしれません。
それとは対照的に渡辺は妻との間の小さな壁すら乗り越えることができない。果たして自分と尾崎はどちらが幸せなのかという問いが物語の最後に渡辺に対する質問として発せられます。そしてこの問いの答えが心のざわつきの原因であることを渡辺は理解します。
かなこは渡辺の取材で言います。
そのかなこは自分のサンダルが渓流に流されていくとき、この渓谷から出ていくことを決心します。それはすなわち尾崎を許すこと。そしていなくなったかなこを尾崎は必ず見つけると決心します。
尾崎俊介とかなこが住む家の隣に立花里美と息子の萌が住んでいた。ある日萌が行方不明となり、その後渓谷で遺体となって発見される。警察は息子の失踪当日の供述の矛盾から里美を疑った。逮捕された里美は事件については語らないが尾崎と男女関係があったということを仄めかす。
尾崎も事件に関係があると睨んだ警察は任意の取り調べで追及するが、尾崎は完全に否定する。ところがかなこが里美と尾崎に関係があったと思うという証言をした途端、不自然にも尾崎は里美との関係を否定しなくなった。
記者の渡辺はこの事件を取材する中で尾崎とかなこの関係を知ることになり、事件よりもその関係に深く関心を抱くことになる。奇妙な尾崎とかなことの関係、それはレイプ事件の加害者と被害者だったのだ。
吉田修一さんの小説は数作品しか読んでいませんが、本作品は「悪人」と同じ共通する問題意識があり、それは「なぜ世間というものはステレオタイプな反応しかしないのだろう」というものです。
犯罪に対して一刀両断、例えば殺人犯=極悪人であり我々とは全く違う人間なのだと整理し向こう岸に渡った犯罪者を対岸で眺めながら自分は幸せであると小市民的な幸福を味わう。それはもしかしたら配偶者、家庭、仕事、社会等にがんじがらめにされ自らが幸福である自覚も得られず他人の境遇と比較することによってのみ幸福を実感できるということの表れなのかもしれません。
事件を取材する渡辺はまさにこの立場であり世間を代弁します。妻との関係に行き詰る中で理解できない尾崎とかなこの関係が取材を超えて気になります。渡辺の心を本能的にざわつかせるのは(悪人であって欲しい)尾崎は悪人ではなく、本来なら尾崎を殺したいと思うほど憎んでいるはずの(憎んでいて欲しい)かなこが尾崎と一緒に住んでいるということです。
レイプという犯罪において加害者と被害者は世間から見ればどちらも差別対象になりうる存在であり、それを知られずに生活することは容易ではありません。常に怯えながら生きていく中で皮肉にも唯一それを気にする必要がない存在が加害者と被害者同士です。もちろん加害者と被害者の間にはとても高い確執という壁が存在します。しかしその壁を加害者の真摯な心により乗り越えることができたならばそこには真のやすらぎが存在するのかもしれません。
それとは対照的に渡辺は妻との間の小さな壁すら乗り越えることができない。果たして自分と尾崎はどちらが幸せなのかという問いが物語の最後に渡辺に対する質問として発せられます。そしてこの問いの答えが心のざわつきの原因であることを渡辺は理解します。
かなこは渡辺の取材で言います。
私は「どうしても、あなたが許せない」と言いました。「わたしが死んで、あなたが幸せになるのなら、私は絶対に死にたくない」と。「あなたが死んで、あなたの苦しみがなくなるのなら、わたしは決してあなたを死なせない」と。「だから私は死にもしないし、あなたの前から消えない。だって、私がいなくなれば、私は、あなたを許したことになってしまうから」と。
そのかなこは自分のサンダルが渓流に流されていくとき、この渓谷から出ていくことを決心します。それはすなわち尾崎を許すこと。そしていなくなったかなこを尾崎は必ず見つけると決心します。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:199
- ISBN:9784104628049
- 発売日:2008年06月01日
- 価格:1470円
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