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宵待草さん
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私の大好きな作家・奥泉光のSFファンタジーの秀作「鳥類学者のファンタジア」
「柱の陰に熱心な聴き手がいる」ことを想像しながら演奏する36歳のジャズ・ピアニストのフォギーこと池永希梨子(芸名・池永霧子)は、国分寺のジャズ喫茶で演奏中、本当に柱の陰に何者かの気配を感じます。

気配を感じることしかできない希梨子に対し、霊感の強い教え子の佐知子は、実際に黒い服の女性を目撃していました。
そして、その日、絶好調の波を感じた希梨子が、オリジナルの「Foggy's Mood」を演奏した時、希梨子にも、その黒い服の女性がはっきりと見えたのです。

店を出て行く女性の後を追った希梨子に、その女性は「ピュタゴラスの天体」「オルフェウスの音階」などの謎の言葉と、霧子という名前を残して霧の中に姿を消してしまいます。

動揺する希梨子。しかし、じきに、1944年にベルリンで行方不明になった、会ったことのない祖母・曾根崎霧子のことを思い出すのです。
曾根崎霧子は少女時代、天才少女ピアニストとして名高かった女性。

結婚して、希梨子の父を生んだ後、出奔していたのです。希梨子と佐知子は、早速、霧子のことを調べ始めます。
そして、その夏、父の三回忌の法事に出席するために、庄内へと向かった希梨子は、父の実家の土蔵で古いオルゴールを見つけた時、ナチスドイツが支配するドイツにタイムスリップすることに-------。

タイムスリップ物ということで、ジャンルとしてはSFファンタジーと言ってもいいのかもしれません。
全編を通してジャズが流れつつ、「オルフェウスの音階」や「ピュタゴラスの天体」といった怪しげなモチーフが登場します。

そして「ロンギヌスの槍」が登場する頃には、怪しさ全開。
オカルト好きのナチスドイツという背景に、あまりにもフィットしていて、読みながらワクワクしてしまいました。

突拍子がないはずの「水晶宮」や「宇宙のオルガン」などの存在も、この作品の中ではごく自然に感じられてしまったほど。
しかも、フォギー視線の不思議な文章がまた、その雰囲気を盛り上げているのです。

そして、この物語で一番驚かされたのが、タイムスリップした女主人公・希梨子の柔軟性と適応力、そして大らかさ。
彼女にしても、弟子の「佐知子ちゃん」にしても、二度と現代には帰れないかもしれないというのに、まるで暢気に、現地での生活を謳歌しています。

この気楽さがいいですね。元々ジャズというのは、クラシックという形式を大切にした世界の常識を打ち破り、さらに自由になることによって発展してきたジャンルだと思います。
そんなジャズの世界で、プロとして活躍している希梨子にとっては、これもまた一つのセッション、そして、一つのピアノソロに過ぎなかったのかもしれません。

物語自体の決着の付け方も、いかにもジャズらしいもの。
分からない部分が残ってしまっても、理詰めで説明してしまおうとしないところが良い感じです。
それでいて、綺麗に着地したという印象もあるのです。
ここまでエンターテインメントに徹していると、気持ちがいいですね。

そして、私がこの作品の中で一番好きだったのは、何と言っても最後のミントンズのシーン。
ここは、物語の筋としては、おまけのような場面ではあるのですが、ジャズを知っている人にはとても嬉しいサービス。

特に「チュニジアの夜」の演奏シーンには思わず興奮してしまいました。このドライブ感が最高です。
一緒にミントンズの空間にいるような、息詰まる臨場感です。
そして「--But not so bad.」の台詞が、あまりにかっこいいですね。
希梨子と一緒になって感動してしまいました。

因みに、この「鳥類学者のファンタジア」という題名は、チャーリー・パーカーの「鳥類学者」という曲から採られています。
著者の「『吾輩は猫である』殺人事件」でも、光る猫について書かれているそうなので、そちらもぜひ読んでみたいものです。

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宵待草 さん本が好き!1級(書評数:195 件)

エンターテインメント小説、純文学、ノンフィクションなど、ジャンルを問わず、読書三昧の日々を送っています。
大好きな作品について、これから少しずつレビューをしていきたいと思っていますので、宜しくお願い致します。

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この書評へのコメント

  1. ことなみ2021-04-05 14:32

    奥泉さん面白いですね、ファンの端くれです。
    偶然クワコーを読み始めています。なんか面白い話が読みたくて。書評はいつになるか、、、ですが。
    「猫」もこれも積んであるのですが。

  2. No Image
    宵待草2021-04-05 16:26

    大好きな奥泉光さんの著作として、「雪の階」「グランド・ミステリー」「シューマンの指」「東京自叙伝」「バナールな現象」「石の来歴」「神器」「新・地底旅行」「虫樹音楽集」------etc.

    もう数え上げるときりがありません。それ程、奥泉光さんの作品は大好きで、どの作品も再読して、読むたびに新しい発見や驚きがあり、それ程、懐が深く、一筋縄ではいかない、格闘しがいのある作家だと思います。

    それから、クワコーこと桑潟幸一ものも大好きで、特に初期の「モーダルな事象-桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活」がお気に入りの一冊です。

  3. ことなみ2021-04-05 17:31

    奥が深いし、真面目に面白い、この世のものではない感じも好きで、重いようで軽い、なんとも類のない読後感がありますね。そこが好きです。

    まだまだ、積んでいますが、参考にさせていただいて、そのうち読めたら良いのですが。「モーダル」もまだなんです(^◇^;
    ぼちぼち行きます。

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